「まじやばいって」
「やばいよねー」
「うん、真面目にやばい」
旧市街地を歩いていると、不意にどこかで聞いた声がした。
またなんか妙な噂話でもしいれてきたんかいな……?
そう思ったのだが。
「正月太りまじやばい……! こんなんじゃ先輩にチョコあげらんないじゃんって感じだよー! もうめっちゃぷにぷにー」
「わかる、わたしもだわー。鏡開きで餅たべすぎちゃったし、お父さんがお歳暮でもらったお菓子めっちゃたべちゃった」
……割と現実的なやばさだな。
思わず自分の横腹にそっと手をやった。
「なんかないかなー、ダイエットせずにダイエットできるやつ。お金いらないやつがいい!」
「あるかなー、あるといいなー……んー」
んなもんあるわけないやろ。
「一つだけあるかも」
「え、まじで?」
ほう。
「噂なんだけど、ほら、しらない? 桜台墓地のところにあるちっちゃいお寺」
「あぁ、あのなんか……えっと、名前なんだっけ」
「私もしらない」
そういや俺も覚えてないやな。
「いいや、でさ、そのお寺のどこかに、招き猫があったんだって。その頭を撫でると願いが叶うらしいんだよ」
「えー、うさんくさっ。それほんとならお坊さんが宝くじあててーって言ったら当たっちゃうじゃん!」
俺もそう思う。
「それがねー……その招き猫、今はもうお寺にないんだって」
「なんで? 盗まれた?」
「んーん、逃げた」
「逃げた?」
置物のくせに逃げるのか。
「逃げたの。ちょっと前にいきなり動き出してさ――あ、ねぇねぇこのお店、抹茶パンケーキ始めたってあるよ!」
「うわ、ちょーうまそー、やばーい!」
ダイエットはどうしたお前ら。
案の定、振り返ってみると二人の姿はもうなく、すぐ近くの和菓子屋の扉が閉まるところだった。
そろそろ、一回くらいは顔を見てみたいもんだが……。
今回は、噂の内容もよくわからんかったしなー。聞いたこともほとんどねぇや。
そんなことを思いながら、少年はのんびりと帰路につくのだった。
「大変なことになった」
桜台墓地の横、供艪寝子寺(くろねこでら)の住職が、顔面蒼白で観音開の厨子の前で頭を抱えている。
屋外に向けて開放された本堂では、今まさに年に一度の掃除の真っ最中。
供養を行い、念仏を唱え、さぁてこれから掃除をするか――というところで、突然電話がなったことに気を取られた住職が、うっかりとその電話に出るためにその場を離れたのが全ての始まりだった。
「まさか、本当に逃げ出すなんて……」
「何が逃げ出したのだ?」
いきなり背後から声がして振り向くと
後木 真央が、がおーを抱えた姿で立っていた。
「こんにちはなのだ、真央ちゃん、がおーを追っかけて入ってきちゃったのだ。あ、でもでも入る前にお邪魔しますってちゃんと言ったのだ、そんでもって奥には入らずに済んだしこっそり帰ろうとしてたのだ……最後のは余計だったのだ。忘れてほしいのだ」
立て板に水のごとくぺらぺらとしゃべる後木の様子を呆気にとられたように見ている住職。最初はどうやってここから追い出そうかという表情を浮かべたものの、それなりに修業を積んでいる彼の中で、何か感じることがあったのだろう。
後木の腕の中にいるがおーをしげしげと眺めた後、口を開いた。
「うちには黒猫様がいたんだ」
「にゃにゃ、猫なのだ?」
きらん、と目を輝かせる後木。
「これくらいの、小さな木彫りの招き猫なんだがね――うちの寺で祀っているご本尊様のお使いとして、一緒に厨子に安置されていた、はずなんだ……さっきまでは」
そうして住職はかいつまんで後木に経緯を話しだす。
曰く、その黒猫は1000年程前に、本尊の観音像と合わせて、とある仏師が巨大な杉の木から掘り出したものであること。
全精力を傾けて一心に掘ったそれは、当時ほとんど知られていなかった、婆珊婆演底主夜神のものであったという。華厳経に顕される主従一対の秘仏は、しかし後年、この寺の住職にのみ、とある言い伝えを発生させた。
曰く、この猫は仏師の魂が込められており、撥遣をせずに厨子を開いたままにすると、たちまちに生ける黒猫となりて逃げ出してしまう、と。
「頼みというのはほかでもない。もし君のような力を持つ人たちであれば、見ればすぐにそれとわかることだろう。君の友人たち、他の誰でもいい――その猫を探し出す手助けをしてくれないだろうか。像は一対のもの、このままでは本尊様を再開眼させる儀式を行えないんだ」
NMRネタの気配がするのだ!
時々話がわからなくなりながらもそのことを直感した後木は、すぐさま肯いた。
「とりあえず真央ちゃん、みんなにお願いするのだ! がおーも頑張って探してくれるはずなのだ。あとねこったーでも拡散してみるのだ! ……黒猫さんの写真なんかはないのだ?」
「撮る暇があれば、むしろ逃げ出すのを見ていたら、さっさと捕まえてるよ……。どんな黒猫になっているかは、わからない。わかってるのは、そうだな――伝承では、額の中央に、白い斑点がある猫であった、ということくらいかな」
事態についてあまりわかってもらえていないらしいことを嘆きながらも、住職は知る限りのすべてを後木に伝える。まさに、溺れるものは藁をも……の心境なのだろう。
だが住職は知らなかった。この寺の招き猫が「触れば願いをかなえてくれる幸福の招き猫らしい」という噂が既に飛び交っていたことを。
真実と与太が混沌を招き、黒猫探しは寝子島の、その手の噂を耳にする機会のある者たちに、密やかな騒ぎを起こすこととなるのだった。
ニャア――子の立つ場所で、親は泣く。
倒れた己の横に在った、小さな子。
今ではすっかり大きくなった子の腕に抱かれて……黒猫は、一時の微睡みに揺蕩う。
自らを今の形に成した男の、墓標たる子へと向けられた想いを噛み締めるかのように。
こんにちは。
果たして前半のくだりは必要であったのだろうかと自問自答しながら、いや必要なんや! という謎の少年の声を聞いて、没にはしないでおいた今日この頃、蒼李月でございます。
今回は少し不思議な出来事が発生しています。
桜台墓地の近くに、小さなお寺がいくつかあります。
そのうちの一つ、供艪寝子寺(くろねこでら)と称されるその寺には秘仏がありました。
その仏さまのお使いとして添えられていた黒い招き猫の像。
伝承のままであるとすれば、それが生きた黒猫に変化し、逃げてしまったというのです。
過去にも何度か逃げたらしいその猫は、島の外には出ることなく、島の中の、どこかで見つかっている模様ですが……。
皆さまにおかれましては、ねこったーに拡散していた猫探し依頼をみたり、友人から聞いたり、はたまた何らかの偶然にて、黒猫を探すことになるようです。
もしかしたら触れば願いが叶うという噂にのっかっているやもしれません。
そちらの噂は色々な諸説が混じった末の与太話の気配が多分にしますが、一部の真実はあるのかもしれません。
どんなきっかけで
どこで(もしあればそこを選んだ理由も)
黒猫を探すのか
(探していた場所に限らず)見つけたらどう行動するのか
を最低限アクションにおいては記載いただければと思います。
そのうえで、他に「こういうことがやりたい!」という場合、そちらにアクションを振っていただいても構いません。
なお、猫は見つかっても、単に捕まえようとしたならば猫らしく逃げ出しかねないことはご承知おきください。
※見つかった猫は、お寺へ連れ帰ってあげてください。