黄色のファレノプシス｜リアクション

黄色のファレノプシス

「んー、良い天気なのだー♪」

　黄色いロードバイクが風を切りながら寝子ヶ浜海岸沿いを走っていた。
　ロードバイクに乗っているのは兎水々るるか。
　今日のるるかの予定はシーサイドタウンにある家から、旧市街の参道商店街にのんびりとサイクリング。
　風はまだ少し冷たいけれど、春めいた太陽の日差しのお陰かロードバイクを走らせるのは苦ではない気候だった。
　るるかが海の方へちらりと視線を向けると水面は太陽の光を浴びてきらきらと輝き、吹き抜ける海風も光輝いているように見える。
　海から道端へ視線を移せば、僅かに降り積もった雪の陰から顔を覗かせている福寿草がるるかの目を奪う。
　黄色の可愛らしい花は冬の寒さにも負けず、逞しく花びらを広げて太陽の光を浴びて咲き誇っていた。
　そうして心地よい風、自然が見せてくれる美しい風景を楽しんでいたるるかの視界の端に、小学生くらいの少年と少女が飛び込んできた。

「ゆきくんはっけーん！」
「あれ、あさひじゃん！」

　その日、椎名あさひはお母さんが新しく作ってくれた黄色いストラップを大切な二眼レフのカメラに通して首から提げてマンションから元気よく外へと繰り出した。
　お昼寝している猫さんや黄色い小さな花、澄み渡る青い空。
　気に入ったものを難しく考えることなく、思うがままに正方形のファインダーで切り取り、感動を閉じ込めていく。
　そうやってあてもなく被写体を探しながら歩き回るあさひが覘くファインダーに、不意に鮮やかな黄色いリュックが映り込んだ。
　顔をあげるとそこには仲の良い双葉由貴の姿があったのだ。

「ゆきくんなにしてるのー？」
「別に。今日は何も予定がなくてさ。家でゴロゴロしてるのも退屈だったから、テキトーに買い物とかしよっかなって」

　屈託ない笑顔を向けて自分の名前を呼んでくれるあさひに対し、由貴は内心嬉しく思うのだがそれを素直に表に出すのはなんとなく気恥ずかしくて。
　つい斜に構えた、少しぶっきらぼうな答えを返してしまうのだが、当のあさひはそんな由貴の態度を気にした風もなくにこにこと笑っている。

「ゆきくんのリュック、きれいな黄色ですてきだねぇ」
「そうか？」
「うん！ぱぁっと明るくて、一足先に春が来たみたい」

　笑顔のあさひと話していて、由紀は自分がこの笑顔が好きなんだということを思い知らされる。と、同時に恥ずかしさも増して顔が真っ赤になる。

「あれ、どうしたの？　ゆきくん、顔真っ赤」
「な、なんでもない！　厚着してきたのに今日はやけにあっついから！」
「そうだね、風は冷たいけどおひさまぽかぽかだもんねぇ。あ、そういえばゆきくんは黄色のうわさ、知ってる？」
「黄色のうわさ？　ああ、学校で最近黄色は幸運の色って言われてる話？」
「そう！　あれって本当だったね」
「え？」

　あさひは自分の黄色いカメラのストラップを由貴に見せながら嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「だって、お休みの日なのにゆきくんと会えたもの」

　住んでいるエリアが違う二人は小学校が同じものの休日の行動範囲は微妙にずれている。
　偶然に恵まれなければ街角でばったりということはなかったはずだ。

「……縁、かな」
「えん？」
「黄色いものが俺とあさひを繋げてくれたってことだよ」

　確かにそれは小さな幸福かもしれない。
　そう思うと由貴の顔も自然とほころぶ。

「よし、折角会えたんだし一緒に遊びにいくか」
「うんっ！」

　そうして少年と少女はいずこかへと駆けていく。
　
　そんな微笑ましい光景をるるかはロードバイクを停めて眺めていた。

「二人とも、とっても幸せそうだったなぁ。ふふっ。なんだかるーも幸せな気持ちになっちゃうね♪」

　幸せのお裾分けをして貰い、るるかは再びロードバイクを走らせる。
　これなら商店街にはお昼頃に着くはず。
　今日のランチは格別美味しい予感がした。