黄色のファレノプシス｜リアクション

黄色のファレノプシス

　陽もすっかり落ちた頃。
　昼間の暖かさとは打って変わって、ひんやりとした空気が島を包む。
　空からは、はらり、はらりと白い粉雪が舞い降りてきた。
　そんな中、白い息を吐き、赤い和傘をさした少年が『Herbe d’ amour』に入っていく。
　木蘭に路考茶の万筋が入った紬の袷に鶸茶の帯を締め、黄色の帯留めと茜色のショールを合わせた出で立ちの弥逢遊琳だ。

「こんばんは、由季也さん」
「いらっしゃい、遊琳君。今日は何をお探しかな？」
「由季也さんに会いに」
「おや、それは光栄だ」
「冗談ですよ。冬から長めに使えそうな透明感のある香りを」
「ふむ、丁度良さそうな香りがあるんだが……少し待ってもらっても良いかな？」

　棚を漁る由季也の背を見つめながら遊琳はぽつりと呟いた。

「ねぇ、由季也さん」
「うん？　なんだい？」
「由季也さんは、ろっこん、それにもれいびをご存じですか？」

　その問いかけに、由季也はゆっくりと振り返る。
　手には金色と銀色の二つの缶を持ち、顔には穏やかな笑みを浮かべている。

「ああ、知ってるとも。……俺もそうだからね」

　俺『も』。
　その言葉は遊琳も同類であることは既に知っているということを示唆していた。

「僕の瞳は、人の『世界』を曲げるんです」

　それは警告。
　それは告白。
　それは合図。
　遊琳は金木犀の瞳で由季也の榛色の瞳を覗き込み、遊琳は普段発動しないよう注意を払っているその力を使った。
　そして無言のまま俯いていると、カタンと目の前に金と銀の二つの缶が置かれた。

「え……？」

　力が効いたかどうか定かではない由季也の反応に遊琳は驚いて顔をあげる。
　そんな遊琳に由季也は悪戯っぽいウインクを一つしてみせた。

「気ならとっくに許してるさ。大切な俺のお客様だからね」
「由季也さん……」
「さて、では説明しよう。これは二つで一つ、いや三つで一つの練り香水だ。
銀の缶は待雪草と鈴蘭の香り。透明感のある冬から春、いや夏まで使える香りだ。
金の缶はジャスミン、オスマンサス、アンバー。こちらは温かみのある柔らかい香りで秋口から寒い時期向けの香り。
そして二つを混ぜ合わせると……」

　最初は春を、次に夏を、秋を、そして冬を感じさせる香りがふわりと鼻を擽る。

「それぞれの香りの名前は遊琳君が決めてくれ」

　遊琳は会計の際、自作のソイフラワーを一緒に差し出す。
　実在しないその花を渡した意味を、由季也なら理解してくれるはずだから。
　二つの缶を包んで貰い、外に出ようとしたところで長身の男と擦れ違う。
　目を惹くその容姿をちらりと一瞥してから外に出れば、雪はもう止んでいて。
　空には満点の星。

「またね、由季也さん」
「Bonne nuit、遊琳君」

　嬉し気に目を細め、赤い和傘をくるりと回して帰っていく遊琳を見送り、由季也は店を閉める。

　今日の幸運はこれで、おしまい。

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あとがき

担当マスター：本条小鹿
ファンレターはマスターページから！

参加された皆さま、どうもありがとうございました。
そして大分お待たせしてしまい申し訳ありません。
じ、字数が削れなくてですね……。
という言い訳はさておき。
皆さまの素敵なアクションをもっと活かしたかったのですが、
泣く泣く採用できなかったものもありまして。
それは内容に問題があったからではなく、字数の関係だったり全体の調整によるものですのでご安心下さい。
今回のシナリオに参加された皆様に小さな幸せをお届けできたのなら幸いです。
それではまた次のシナリオでお会いしましょう。
次はもっと素早さをあげたい本条小鹿でした。

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