アモーレ４アモーレ！｜リアクション

アモーレ４アモーレ！

　ふんわりと薫ったピンギィキュラ。大きな花を咲かせ、美しいそれは世に言う食虫植物なのだそうだ。
　悪魔から手渡されたそれを身に付けて桜月はゆっくりと椅子へと腰掛ける。
　草木が生い茂り、壁の様になった空間は不思議の国のアリスが迷いこんだ薔薇園を思わせた。
　アモーレの喧騒からは程遠く、隔絶された空間に少女は二人で座っていた。
　何処からか聞こえるファンファーレに荘厳な音色までも遠くなる。ここは、二人だけしかいない、不思議な空間なのだろう。

　月の傍らに座る北条冬華はギリシアの聖女の如き、白い布を纏い白い翼を揺らして居る。
　天使と悪魔。互いに種が違えど愛情は星屑となってきらりきらりと輝くというものだ。
　紫苑のドレスに身を包む月と白に身を包む冬華――スタイルも相俟って色香を感じさせるが、二人ともあまり気には止めて居ないのだろう。否、どちらかと言えば月は食虫植物の香りも相俟って冬華の心を捉えたいと祈っている。
　二人きりの空間に、香りが充満してゆく。どこか、心をざわめかすそれに違和を覚えながらも冬華は笑みを零した。
「ここのお料理はとても美味しいですよね。何でも愛で出来てるとか……アモーレならではですね」
　傍らにいる事が嬉しい心穏やかで居られない月は冬華の言葉に小さく頷く。
　運ばれてきたメインディッシュは魚を使用したものなのだろう。甘くも有り、幸せな言葉には出来ないものだった。
「美味しい」
「そうですよね、とっても美味しい……」
　料理も飲み物も美味しい。これが人間の愛で出来ているというのだから、なんと不思議なのだろう。
　ひとつ、ひとつ。
　前菜を始めにしてメインディッシュ、飲み物のノンアルコールワイン。
　どれもこれも、人々のラブが作り出した星屑だ。
　コース料理の如く、出された料理を食べながらそろそろこれもしまいかと月は出されたデザートへと視線を落とした。
「ストロベリーアイス……甘くておいしい――でも、これも人の愛で出来てるなら、」
　もっと、甘いのもあるよね。
　バニラアイスを食べる冬華が近付く距離に顔を上げる。「あら、月さん……」と呼ぶ言葉を遮る様に重なった唇が、甘くて熱い。
　重なる其れに頬が赤く染まっていく――彼女から薫った香りに「月さんの、味」と呟いて、くらりと意識が揺れたことに冬華は気付く。
「ほら、冬華の方が――ずっと、甘いよ」
「月、さん」
　悪魔の香水がどうにも意識を掻きまわした。潤むその瞳に飲み込まれそうだと冬華は唾を飲み込む。
　二人きりの空間に、もう一度と重ね合わせた唇は次第に深く、溺れる様に変化した。
　悪魔の与えた食虫植物の甘い香りの罠に嵌った様に冬華はもっとと溺れていく。
　ゆっくりと彼女の首へと腕を回して、ぺろりと舐める舌先に応える様に月は仕草を一つみせた。
　――甘い、甘い空間に二人で溺れる様に。
　拙い自分の主導権が冬華に映ったのだろうと月は瞼を震わせる。
「足りない、です」
　耳元で囁かれた声音に小さく息を飲む。彼女の掌がするりと膚をなぞるその感覚に背筋がぞわりと音を立てた気がした。
「冬華――」
　名前を呼ぶ度に、彼女が自分へと溺れるのが良く分かる。
　華の香りは、どこまでも甘く、震える様な喜びを月へと与えた。

　冬華を喰らう『食虫植物(かれんなはな)』
　ぼんやりとする意識の中、びくりと緊張した身体に月が瞬く。
　ちゅ、と音を立てた唇と彼女の仕草とぬくもりがどうしようもなく心をざわめかせるから。
「場所を変えよう、ね？」
　重ね合わせた唇から出た言葉に「私も同感です」と小さく、返された言葉に心の底から、震える様な想いが月の背を走り抜けた。
「……場所を変えましょう」
　二人の愛情の星屑はもっと、もっと降り注ぐのだろう。