オープンスクール　〜みんなで寝子島中学校へ行こう〜｜リアクション

オープンスクール　〜みんなで寝子島中学校へ行こう〜

　２年１組の呉井弦月がカバンから出した学習用具を机の上に揃えていると、近くで同じように準備を始める同級生の中に酷く暗い顔を見た。
「——竹高君、数学苦手なんだっけ」
　弦月の気遣わしげな声に、高知竹高は眉をしょんぼり下げて振り返った。物静かな弦月とは正反対にいつも元気が有り余っているこのクラスメイトだ、落ち込む時も盛大になのだろう。
「うん。特にここら辺が予習してもさっぱりだった」竹高は問題集の図形のページをさした。今日出てくる可能性が高い部分だ。
「でもお母さんたち、最初の授業からくるって言ってたんだよなぁ……。今朝みっちゃんに聞いとけば良かった」
　竹高の口ぶりから弦月は何かを察した。
（ああ、目に浮かぶ……。竹高君の母親も、かなり張り切ってるんだろうな）
　弦月の母親も同じように、今日の日をハミングしながら迎えていたのだ。

　弦月の色素の薄い髪は、フィンランド人の母親譲りである。
　彼女はそんな見た目の雰囲気通り『ぽやぽや〜』なんて音が合うような、つまり天然系の女性だった。
　オープンスクールのことを伝えた時には
「行くー、楽しみー♪」とはしゃいだ声を弦月は今日まで鮮明に覚えている。

　竹高の両親がどのような人なのかは記憶にないが、彼の健やかさから大体は想像できた。親を落胆させたくないという気持ちもだ。
　弦月は竹高の持っているページを覗き込み、彼の悩んでいる箇所を把握する。コツさえ掴めばなんとかなる箇所だ。
「それ、１年生で習った関数を使うんだよ」
「関数？　……あ！」
　問題集を見ていた竹高は、弦月のアドヴァイスで答えの導き方に気づいたようだ。
「すぐ解けるよ——」
　弦月が微笑んだ折に、担当教師が教室に入ってきた。

　それから。
　いつもと違って保護者同士の会話でざわつく教室後方——。
（……いる）
　弦月は背後にお花で出来たプレッシャーを感じながら、極力そちらとは目を合わせないように注意を払った。
（目を合わすと手を振ってきそうだ）
　それが恥ずかしいと思えるくらいに、弦月は思春期である。
　なるべく教師の声に集中して、正面と教科書や問題集を見ているように振る舞っていた。
「——ではこの問題を……」
　一人の同級生が当てられて前に出て行った。この生徒たちにとっては束の間の休憩時間に、弦月の背中にツンツンとつついて合図する感触があった。
　竹高がニコニコしてこちらを見ている。弦月のおかげで首尾は上々のようだ。
「あの人、弦月君のお母さんでしょ！　よかったね、きてるよ！」
　声のでかい彼にしては精一杯気を使った大きさで言われて、思わず弦月はそちらをみてしまった。
　ピンク色のカシュクールワンピース姿の母親が立っていた。口パクでこちらを呼びながら、嬉しそうに手を振っている。
　弦月はなんとも言えない気持ちを走らせて、授業中だから！　と言うように勢いつけて正面を向いた。
（集中、集中……！）

このページにイラストを設定する