愛を語って下さいな★｜リアクション

愛を語って下さいな★

　寝子島高校に訪れた休み時間。
　大道寺紅緒はグリモワール・デ・ルージュを携えて、１年１組の教室を一番に飛び出して行った。
　芸術科７組の前を横切ろうとした時、ある女生徒に声を掛けられた。
「紅緒さんどうしたの？」
　響タルトに、急いでいると気付かれて、ファンのイメージを損なわないよう日頃からエレガントな振る舞いを心がけている紅緒は、居住まいを正した。
「ごきげんよう。私、これから取材をしますの。さようなら」
　不思議の国の住人のように出会いと別れの挨拶が忙しくくっついている。自分に向かって止まっていたつま先が反転しかけた時、タルトは「待って」と紅緒を引き止めた。
「取材って何の？」
「『愛』についてですわ」
「それで僕を見て回れ右したわけ？」タルトは鼻を鳴らした。自分は取材対象外と言う訳か。
「創作の愛についてならいっぱい語れるけどな～。僕だって片思いくらい……あ、何でもないよ」
「あら態とらしい」
　紅緒は眉を上げたものの、わざわざ言い直したのなら立ち入って欲しくない話しだろうと追求はしなかった。
　タルトはきっと誰かに片思いしている……否、この雰囲気だと『いた』のだろう。誤魔化したと言うことは自分の知っている人物の可能性が高い。——と、ここまで彼女の過去を推量した上でだが。
「創作における愛は経験より、演出としての見せ方じゃないかなあ。現実は好きってあいまいな感情だし、そんなにわかりやすく表現できないけど」
「味も分からない食材では、盛り付けは出来ても調理は出来ませんわ。
　それにファストフード店のアルバイトの学生が、決められたマニュアル通りに作ったハンバーガーでも、風味や盛り付けに差が出るものでしょう。それは何故かしら？
　レンジで温めた料理も美味しさも大事にした上で、私は塩の味の違いを理解して使い分けるシェフになりたいんですの」
　紅緒はすらすらと言い切って、タルトはふぅんと相槌をうつ。傍目からは不思議な会話だったに違いない。
「愛って困難があることで燃え上がって、秘めた思いを伝えたいって思うものじゃない？　たとえば身分違いとか、同性同士とか！」
「ロミオの『二度目の恋』ですわね。……想いを確かめあった結果死んだけれど。死因は何だったかしら、雲雀の嘴？」
　三大悲劇に入れてもらえなかった戯曲を、紅緒は粗野で下品なコメディ作品として捉えている。特にロミオの移り気と直接的性表現がお気に召さないようで、それがありありと分かる皮肉ぶりだ。
「とはいえ僕も同行してぜひみんなの話を聞きたいよ☆　やっぱり体験談を聞くことで表現に磨きがかかると思うしね。
　イリヤくんにお兄さんたちへの愛を語ってもらわない？」
「深淵を覗くには時期尚早ですわね。それに『狂気山脈』に丸腰で登る気はありませんの」
　紅緒は中学生の友人を初期レベルの勇者から見たラスボスのように扱った。
「じゃムッツルギくんは？　三角関係も興味あるな～」
「ムッツルギ……？　どなた？」
　紅緒が首をかしげた時、丁度チャイムが鳴った。次の授業の開始時刻を知らせる予鈴に、紅緒は首を横に振る。放課後のアポイントだけでも誰かに取り付けようと思っていたが、タイムリミットのようだ。
「出直すしかなさそうですわね」
「残念っ！　また今度ねー」
　眉を下げて手を振ってくれたタルトと別れて、紅緒は教室へ戻っていった。
　これから彼女は三つの恋と、幾つかの形を持った愛を見る事になる——。

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