愛を語って下さいな★｜リアクション

愛を語って下さいな★

　大道寺紅緒が何やら取材をしている話は、高校１年の一部で有名になっていたようだ。
「——愛について取材してるんだって？」
　制服なのに金髪にサングラスをさした『チャラい』男子生徒が現れて、紅緒は瞬きを繰り返す。
　どなた？　と聞こうとしたが、頭の索引に隣のクラスのお調子者の存在を見つけた。
「八十八旗信彦さん」
「そう、俺がレディへ博愛を注ぐ紳士の信彦」
「そしてチャラくて有名。ノリとイキオイだけで突き進むお調子者の信彦」
　紅緒の飛び道具が信彦の脳天に炸裂した。紅緒は取材をしなければならない程恋愛経験に貧窮しているが、こんなやり取りだけは通い詰めているミルクホールの双子の弟が仕掛けてくる『修行』のお陰で朝飯前なのだ。
　しかしこの程度でへこたれるようではチャラ男はやっていられないのだろう。信彦は思った以上の反撃を受けながらも立ち上がってきた。紅緒は驚き、感嘆した。
「食い下がりますわね」
　賞賛すべき一芸を持っている相手へ、態度を改めねばならない。
「あなたの博愛について、語ってくれるのかしら？」
「それもいいけど」信彦は両肩をあげて首を振る。台詞をあてるとしたら“フィーやれやれ”だろうか。
「『百聞は一見に如かず』という諺は聞いたことがあるよね？」
　紅緒を頷かせて、信彦は続けた。
「これは『百見は一考にしかず、百考は一行にしかず、百行は一果にしかず』と続くわけだけど」
　正しくは『兵は隃(はる)かにして度り難し』だ。
「あなたの中ではそうなのね」
　紅緒はそう言ったものの、信彦の話しを聞いている。相手に興味のありそうな話題を出すあたり、学ぶべき経験の多さはあるのかもしれないと直感が告げていたのだ。
（レディへの博愛とは言ったものね）紅緒は前のめりになった。
「つまり、結果が伴った実体験に勝るものはないということさ」ここまできたら最後の決め台詞だ。
「どうだろう？　俺に愛のエスコートをさせてもらえないだろうか？」
　信彦は颯爽と片手を差し出した。
　紅緒は首を傾げて熟考している。普段ならお断りするところだが、皆の経験譚を聞いた後だ。
　そして刀にも取材の後に「お前が彼氏作った方が早くね？」と指摘されている。
　うっすらと興味が湧いたところで、ブレザーのポケットの中でスマートフォンが着信のバイブレーションを始めた。
「失礼——」
　画面を確認した瞬間、紅緒の顔色が真っ青になった。
　朝方メールを送った進捗報告が誤魔化しを前提に書いたとバレていたのだ。学生の自由になる時間を狙い澄ましてくる担当編集者の恐ろしさをすっかり思い出した紅緒は、信彦の手をぎゅっと取ったものの、上下に勢いをつけて振り回していた。
「ごきげんよう！！」
　別れの挨拶をした直後、紅緒は走り出した。廊下には呆気にとられた信彦が一人残される。
　友愛、家族愛。そして過去、現在、未来の恋——。
　皆が教えてくれた大切な想いを紅色の本の中に収めた紅緒自身に愛の日々が訪れるのは、またいつかだった。

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