不運はひっそりと忍び寄る｜リアクション

不運はひっそりと忍び寄る

　寒々とした月の光が寝子島神社に降り注ぐ。夜の気配が強まり、訪れる者は途絶えた。
　静まり返った境内。白い道着に身を包んだ御剣刀が剣術に励んでいた。石畳の上を滑るように踏み出し、鋭い一刀を奮う。刃引きされていても、その迫力は失われていなかった。
「踏み込みが甘い」
　足の運びを気にしながら斬撃を繰り出す。振り下ろした刀の切先を瞬時に止めた。目は石の破片を捉えた。
「なんの石だ？」
　片手を伸ばして摘まみ上げる。刃のような形で色は血のように赤い。何かしらの縁を感じて懐に収めた。
　中断した時間を惜しむように刀は素振りに励む。自身の一刀に納得がいかないのか。何度も同じ軌跡をなぞった。
　――何故なんだ？　いつもより一刀が遅く感じる。怠けたことはないはずだ。今までの練習を思い出してみろ。
　刀は自身の姿を脳裏に浮かべた。

　境内の木々が風に吹かれ、葉を散らす。下で待ち構えていた刀が一刀を浴びせた。避けられても諦めず、次の葉に挑んだ。何枚、何十枚と試みて一葉を両断した。

　刀は速さを求めて一刀に励む。時間を置き去りにする勢いで素振りに専念した。上達を目にすることは難しい。微かな積み重ねを信じて剣術に打ち込んだ。

　朝から激しい雨に降られた。薄っすらと煙る境内で練習に精を出す。刀は噛み締めた歯を剥き出しにして素早い斬撃を繰り出した。雨粒を寸断する気概で刃は縦横無尽に煌めいた。

　束の間の回想は怒鳴り声で蹴散らされた。
「なんでこんなに鈍いんだよ！」
　怒りで戦慄く眼が仮想の敵を作り出した。黒い道着で見下したように嗤う、自分の姿であった。刀身の背を肩に乗せて人差し指で招いた。
　刀は吠えた。獣となって自分に襲い掛かる。真上からの一刀を相手は刀身で受け止めた。鍔迫り合いの状態で顔を近づけてきて、ノロマ、と耳元で囁いた。
　刀は刀身で相手を押し返した。空いた僅かな空間を薙いだ。予想していたかのように後方に跳んで避けられた。
「逃がすか！」
　神速の一歩で間合いを詰めて袈裟切りを試みる。相手に回り込まれた。逆の方向に身体を捻って必殺の一刀で迎え撃つ。
　黒い道着の刀は胸元から斬られた。瞬間、お見事、と口が動いて消滅した。刀は自身の回転を止められず、その場に転倒した。衝撃で得物が手から離れた。
「これくらいで休んでられるか」
　刀は片膝を突いた状態で柄を握る。持ち上げようとして落としてしまった。両方の手の指が小刻みに震えていた。
「限界なのかよ！」
　刀は怒りに任せて立ち上がる。身体がぐらついた。痛みに耐えるような顔で目に付いた小石を蹴り飛ばした。
　覚束ない足取りで刀は歩いた。辿り着いた木に背を向けると崩れるように座った。両足は投げ出し、ぼんやりとした目で夜空を見上げる。
「俺は、もっと強くなるよ」
　誰かに誓うような声で言った。

　発熱した身体をひんやりとした夜が包み込む。刀は束の間の浅い眠りに落ちていった。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

今回のシナリオは石の破片が人々の負の感情に影響を与える話でした。
誰もが大小の悩みを抱えていると思います。人によっては深刻なものも含まれているかもしれません。
その負の感情に石が作用することで、その人の態度や行動が悪くなって不運を引き寄せることになりました。

それと石は皆さんが好きなようにしてください。得体のしれない石として処分してもいいです。
落としたことに気が付いて持ち帰ってもいいですよ。すでにリアクションでアクセサリーにしている人もいました。
アイテムとして末永く手元に置いて、時にシナリオを懐かしむ、なんていうのも素敵ですね！

最後になりました。本シナリオに参加していただき、ありがとうございました。
ＰＣの身体を癒して、また別のシナリオで会えることを楽しみにしています。

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