大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

「士官様、あたしおばあさんや猫さんが心配」
　黒猫探しの話題を聞き、鴇波羽衣は海軍の軍服に身を包んだ神野マキナへと声を掛ける。
　言葉を発すれば、女性だと認識できるが立ち居振る舞いはれっきとした帝国軍人のそれであるマキナは「そうだね」と柔らかに笑みを浮かべ羽衣の言葉に頷いた。
「とまがちゃんとおばあさんの所へ帰れると良いね」
「うん。猫さんがいなくなるのは、よくないことの前触れかも……そんなの、駄目だよね！」
　不安げな羽衣は両の手を合わせて「あたし、猫さんを探したいな」と懇願する様な瞳を向けてくる。
　女学校に通う可愛い友人へ、先輩として――否、良き友人として願いを断るわけにはいかない。
　探そうかと彼女へと笑いかけたマキナは噂の『とま』の事を思い浮かべて興味深いなと呟いた。

「とまちゃんはねぇ、甘い物が好きなのよ」
　曰く、猫だというのに『何でも食べる』のだそうだ。
　カヱ子宅が良く購入していた酒饅頭やマキナが良く露店で買う西洋のクッキーを手に、猫達を探しに行こうかと羽衣を手招く。
「士官様と一緒ならとっても心強い！」
　大きな瞳を輝かせて、本当にうれしそうに笑うものだから、どうにも照れてしまう。
　あゐへと情報を強請る羽衣は「お願い」と真摯な言葉を発している。助け舟を出そうかと考えるマキナだったが、道楽探偵が「あたしゃ、無能でね」と肩を竦めるものだから閉口するしかない。
（……探偵なのに、本人は散歩気分かのかな？）
　やや疑り深く見詰めたマキナの視線に気づいたのか、あゐは「働いてるぞ。一応！」とありったけの情報を口にする。
　他の『探偵』達から集まった情報を収集して回っているというあゐは「娘さんは人形を泣かせる能力があるのかもしれないのだよ」と付け加えた。

「人形を泣かせる能力……？　自分の気持ちを他のモノに投影するのかなぁ？」
　映写機見たいに、と付け加えた羽衣にマキナは成程、と大きく頷く。
　調べ物をするならば、女学校だろうかと二人揃って訪れた校舎は静かなものだった。
　羽衣にとっては、自身の通う学び舎であり、マキナからすれば母校にあたる校舎は学生達が帰った後なのか余り人気がない。聞きこみ調査なのだから、と放課後は良く茶会を開いているという別棟へ移った所で「もしかして、神野様かしら」と華やぐ声が降ってきた。
「おや」
「ああ、神野様じゃなくって！　お久しゅうございます！」
　長い黒髪に、大きな瞳を煌めかせた女学生が麗人たるマキナの元へと走り寄る。
　次々に士官様、士官様と掛かる声にちょっとしたジェラシーを感じて、羽衣は唇を横一本に結ぶ。
（……士官様素敵だもの、気持ちは分かるけど。分かるけど……）
　ヤキモチを焼くのは仕方ない。
　そんな彼女の気持ちを知ってか知らぬか柔らかな笑みを浮かべたマキナは「猫を探して居るんだが」と困った様に女学生達へと問い掛けた。

「あんまり知ってる人、いなかったねえ。先生達も野良猫を弟とか妹みたいに可愛がってた娘さんの話しはしてたけど……」
「現在の『とま』のことは余り知らないようだね」
　涙を流す人形は、卒業生でもあるカヱ子の娘ユウ子が気に入っていたというものと外見は合致している。
　嫁入りの際に置いて行った人形はユウ子の気持ちを反映し――そして、一抹の不安を映し出したかの様で。
「……猫さんはカヱ子さんを嫌いになった訳でも、恨んでる訳じゃないのよね？」
「そうだね。何か誤解をしてるのかもしれない」
　その誤解を正してやれば、きっと猫も家に帰るだろう。
　人形の涙を止め、カヱ子との幸福な日々を送る筈だと『もうひと頑張り』を決めて二人揃って噂の猫集会が行われる路地へと歩き出した。