大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

「娘はね、ユウ子と言ったのよ。嫁いでからは家に帰っていないから……」
　匂いがきちんと付いているかは分からないけれど、と。
　カヱ子が手渡した薄紅色の衣は幼い頃からユウ子が大切にしてきた物らしい。幾度も誂え直したそれを受け取ってぺこりと頭を下げた五月はとまとユウ子が良く訪れたという公園の話しに悩ましげに眉根を寄せた。
「寝太郎さん、御剣さん。まずはどちらから探しましょう？」
「よく行ったっていう公園とか、路地裏じゃないか？」
　悩ましげな五月の背後で団子を頬張りながら刀は頭を掻く。包んだ団子が残り少なくなることに些か不安を覚えながら、道すがら井戸端会議をする奥様方に猫を見なかったかと問い掛けた。
「見てないわねえ……」
「そうですか。うーん……路地裏……行く人が多そうだったら人手が足りてなさそうな場所？」
　動物を避けて走る人力車の車夫に黒猫を見なかったかと問い掛ける。
　行方知らずの小さな猫の行方に首を捻った車夫に礼を言って、どこだろうかと三人揃って歩き出した。

　刀は決めていた。見つけたら一つ言ってやろうと。
　泣く人形は宛ら恐怖活劇の一幕でしかなくて。猫一匹の負担等どうにかしてやれるとはっきりと言ってやろう。
　小さな猫は賢いのだろう。
　だからこそ、無駄な知恵を回した――娘が嫁いで猫まで居なくなっては寂しさが募るばかりだと一つ説教がましいかもしれないが教えてやらなくてはいけない。
　きっと、相手を思うばかりに、自分の価値を忘れてしまったのだろう。
　寂しいという感情が自分に向くとは思いもよらなかったのだろうか。
　小さな猫よ、寂しさからくる辛さは言葉では言い表せられない程の責め苦なのだ。

　猫を模した髪飾りで前髪を抑えた、公園を歩む花厳望春はぱちくりと瞬く。
　様々な猫達が欠伸をし太陽を受ける公園は彼のお気に入りの場所だった。
　愛らしいかんばせに、喜色を乗せて望春は違和感に首を傾ぐ――何時もより『人間』が多い。
　散歩に訪れる猫達や、昼行燈、学生たちならば公園に居てもそうそう可笑しくはないが、今日と言う日は様々な職種の人間達が幾許か前屈みになりながら何かを探しているのだ。
「……気の所為か？」
　ちら、と視線を向けながらも何時もの様に設置されたベンチに腰掛けた望春が猫達をじゃらそうと草で鼻先を擽る。
　楽しげな猫を見下ろして、好物の飴を頬張る望春へと「ちょうだい」と猫がねだる。　
　にゃあと擦り寄る猫達が、公園に普段は居ない人影に怯える様に望春の指先へと絡みついた。
「ん？　……気の所為じゃ、ないよな」
　周囲を見回す望春の前で、一際目立つ仕草を見せる道楽探偵あゐ。
　彼女の背中へと恐る恐る声を掛けた結果、聞き出せたのは―――日本人形の怪と行方不明の猫。

「黒猫を探しているのか……」
　何か手伝えることは無いかと棒付きキャンディをぺろりと舐めて鷹のシキさんを呼び出す望春へあゐは「お嬢さん、素晴らしいね！」と手を打ち合わせた。
「いや、その……女学生じゃなくて」
「失礼、御婦人だったかな？」
「いや、その、女じゃ……」
　可愛らしいかんばせでは女学生に間違われる事も多いのだろう。肩を竦めた望春に失敬と悪びれずに笑ったあゐは公園での捜索を彼に任せ、次の地点へと足を向けたのだった。
　だめ押しだろうが、『シキさん』も理由を言えばきちんと手伝ってくれるはずだ。
　礼儀正しく、お願いをきちんとすれば彼女とて無碍にすることもない。
「シキさん、よろしくお願いしますね」
　賢い人――否、鷹であるシキさんは猫を襲うこともないだろう。『とま』探しに向かうべく立ち上がった望春を応援する様に猫がにゃあと大きく鳴いた。　