大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

　甘味処『すずらん』で必要ならばと庵が用意していたまたたびを手にして鴻上彰尋は猫探しに向かう。
　カヱ子へととまはマタタビに対してどんな反応を見せるのかを確かめたのは、猫にとって負担となる事があると小耳に挟んだからだ。
　そう言った『知識』を持つのは御曹司としての嗜みだと彰尋は理解していたが、妾の子だというだけで周囲からは放任され、今や遊び人と呼ばれて久しい。
「さて……どこに行こうかな」
　公園でも向かおうかと小さく欠伸を噛み殺し彰尋は、柔らかな日差しを浴びながら公園へと足を向けた。

　幼さを滲ませたかんばせに目の下に濃く刻まれた隈が眠たげに感じさせる。
　痩躯を曲げて、カヱ子の隣へと腰掛けた日月透は猫の話しをしたいのだと持ちかけた。
「先生も探して下さってるんですねぇ」
　軍人が暇と言う事は平和ですね、と皮肉のように紡いだ透は「軍人が暇を弄んでは穀潰しでしょう」と付け加える。
　日本に置いて、獣医学が学問として成立したのは明治の頃。その流れから、軍馬の診療や食品衛生管理へと宛がわれた獣医師の養成の必要性が謡われていた――だからこそ、透は軍人でありながら『先生』と呼ばれているのだろう。
　獣医として認められた軍人は、威圧感を感じさせる事もなく痩躯で、ぼんやりと街を歩き回る。
　動物を好ましく思う彼が街を歩けば、転がる厄介事がひとつふたつとあるものだ。解決を手伝っていれば、気付いた頃には「優しいお医者様」として呼ばれるに至ったというわけだ。
「とまさんが居なくなったと」
「ええ、ええ、そうなんですよ。先生にも何度かお世話になりましたねぇ」
　困った顔をしたカヱ子に透は猫の居なくなった日と前日の話しを聞かせてほしいと促した。
　何度か会った事のあるとまは聡い子だったのだと透は繋ぐ。
「聡い故に何か勘違いや、考え過ぎてしまったのかもしれません」
「ええ……娘がねぇ、嫁いでから寂しくなってもので。
　とまの前で『寂しいねえ』って言っちまったんですよ。娘によく懐いていた子ですから」
　きっと――きっと、寂しいと思っていた猫は自分がおばあさんより先に逝ってしまうかもしれないと感じたのかもしれないと透は推測した。
　聡い故の勘違いは、彼女を置いて行くかもしれないという不安から逃げ出すに至ったのかもしれないと透は伝えること無く目を伏せた。
「探しに行ってきますね。……ああ、それと、これを」
「あら」
　もう行かれるの、と寂しげに笑ったカヱ子へと曖昧に返した透は『すずらん』で購入したシベリアですと手渡した。
　帰ってきたらこれで出迎えてやって欲しい。食べ過ぎは注意だと獣医としての仕事も忘れずに告げた透へとカヱ子は可笑しそうに小さく笑った。