大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

　道楽探偵から『事件』の話しが持ち出され、俄かに賑わいを見せる街を八神修は往く。
　八神重工の跡取り息子である彼は士官学校からの帰り道なのだろう。寮から帰宅し、愛猫と共に街へ繰り出すと歩み出した。
　愛猫へ注ぐ愛情は彼の性根の優しさからくるものなのだろう。無論、愛猫自身もその愛情を一身に受け、修へと返して居る。
「ブラック？」
　にゃ、と修の腕の中から飛び降りた猫は尻尾をゆるりと揺らし、歩み出す。
　猫達の集会が行われている路地裏へと入る愛猫を追い掛けながら隘路を進む己の人生を思い返して少々の溜め息を吐きだした。
　兄が継ぐ筈だった家。急逝した兄の代わりにと祀り上げられた自分が必要ではないのだと感じてしまう度に愛猫と街へ繰り出し、蓋をしていた気もする。
　書店やカフェーでの時間潰しも良いが、愛猫の散歩に付き合うのも悪くは無い気分だ。

「とま！」
　耳に良く馴染むソプラノが降ってくる。びくりと体を揺らした愛猫――ブラックは驚いた様に尻尾を縮め修の足元へと走り寄ってゆく。
「とま……？」
「この子はブラックという名前だが」
　首を傾げ、黒猫においでおいでと呼び掛ける鈴へと修は不思議そうに声を掛ける。
　彼女曰く、『とま』という猫を探しているのだそうだ。彼女の持つ『猫の気持ち』はブラックや路地裏の猫たちの言葉を理解する事が出来る重要なろっこんだ。
「そっかぁ……知らないんだね」
　ブラックと会話していたのだろう。
　なーごなーごと繰り返すブラックに鈴がしきりにうんうんと頷いている。

　――そういえば、猫集会に居た事があるよ。
　――今日はご主人と一緒だったからあんまり分かんないかなぁ。
　――とまちゃん、前に『ご主人が自分を置いてっちゃった』って怒ってたし悲しそうだった気もするんだよねぇ。

　ブラックがそう言っているのだと鈴が言う。
　彼女の才能は情報を取得するのに最も役立つものだ。あゐ曰く「私は猫と喋れないが喋れる人間が居れば事件は即時解決だな」とのことである。
「探偵さんはあー言ってたけど、やっぱり情報を貰うのは難しいね……」
　残念そうに言葉を漏らした鈴へと修は暇潰しになるなと『とま』探しへと参加を決意したのだった。
　ブラック用のササミとマタタビ粉もしっかりと所有している。それを利用して『とま』探しが出来ないかと苦悩する修へとブラックは「にゃ」と厳しい一声を上げた。
「ブラックのだって言ってるよ？」
「ブラック……後でお前にもあげるからな」
　撫でる指先に仕方がないと妥協する愛猫は主人の道楽に付き合う様に猫集会へと聞きこみに向かうのだった。