大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

　アイスクリームと珈琲を交互に口に運びながら満足げな寝太郎は、先程食べたカツカレーや活動写真、新聞で読んだ国産機関車の話しを流暢に続ける。
　くりぃむ餡蜜をスプーンで掬い上げながら饒舌な友人の話しに耳を傾けていた刀は何処か訝しげな反応を見せた寝太郎に眉を寄せる。
「どうした？」
「ほら、探偵さん。はしゃいでるよね。給料袋でも盗まれたのかなぁ」
　オーバーリアクションな上に、依頼のヘルプを周囲に求めるあゐの姿を不思議そうに見つめる寝太郎に今の今まで彼女の存在に気付かなかったと五月が目を丸くする。

　――と言う訳で、頼んだよ！　御巫くん！

　独り立ちをしたばかりの新米探偵・御巫時子へと何事かを押しつけている様子の彼女の姿は『すずらん』でよく見かける筈だ……筈なのだが。
「見たことあるような、ないような……うーん……」
　五月の記憶の中では水にふやけた麩菓子の様に彼女の存在がボヤけている。
　確かに見た事のあるかんばせに、張りのある声なのだがくりぃむ餡蜜の魅力には叶わない。
「……思い出そうとするとくりぃむ餡蜜が浮かんできます、謎ですねー」
「そこでくりぃむ餡蜜が浮かぶんだったらその程度、気にすんな」
　さらりとあゐの存在をシャットダウンする刀の潔さに目をぱちくりとさせた五月がそうですねとスプーンを手に取る。
　仕方がないのだ。それ程に『すずらん』のくりぃむ餡蜜は魅力的なのだから。
　西洋の文化と合体したくりぃむ餡蜜はすずらんの秘伝の黒蜜で更にその魅力を増している。
「おいしいですねー」
「ああ。餡蜜だけじゃなくて他も気になるな……」
　頭の中から探偵の存在を消し去りかけた二人へと頬杖をついて「へぇ」と相槌を付いた寝太郎の思考は二人から離れる。
　やさぐれた風に「猫と喋れなくてね」と奇妙な反応を見せたあゐ――一般的な世の中に『猫と喋れる人間』は中々居ないが、時に居てしまうのが『ろっこん』という素晴らしい能力なのだとこの時代の人間は理解している。現代日本が舞台である寝子島とは随分と外れた常識にどっぷりと浸かった大正浪漫の世界では真人間のコンプレックスを刺激する一つの要因のようなのだが――どうやら、探偵は普通の『ひと』のようだった。

　入れ違いにあゐへと興味深そうに話しかける人間が多数いる。
　そのたびに、彼女は噂話と憐れな人形の話しを続け、様々な助っ人を得ているようだ。
　くりぃむ餡蜜を頬張りながらあゐの話しに耳を傾けていた五月が悲しげに眉を寄せる。スプーンを器へと置き、お茶を一口啜った後、彼女は寝太郎と刀へと「可哀想なお話ですよね」と呟いた。
「カヱ子さんも家族が姿を消せばさぞご心配の事でしょう……」
　力になれないだろうか。
　真摯な瞳に「五月お嬢さん優しいなぁ」と柔らかに笑みを零した寝太郎は餡蜜を食べ終え、品書きに視線を落とした友人をちらりと見遣る。
「いいんじゃないか。一緒について行こう。二人だけだとちょっと心配だ。
　取り敢えず、猫を探すにしても何か策はあるのだろうか？」
「はい。猫――とまさんが懐いている方のお着物をお借りできないでしょうか。
　匂いや姿等でとまさんの目を惹く事が出来ないかと思いまして……」　
　五月の案は合理的だ。
　寝癖を直さないままの頭を掻き、猫を説得して何としてもカヱ子の元に戻してやりたいという気持ちは共感できる。しかし、猫を説得する自信は無いなあと寝太郎は苦笑を零した。
「でも人形がなく不思議の理由も知りたいかな。とまの写真を借りたりできないかなぁ」
「それも聞いてみようか。先ずは依頼人の家へ訪ねてみよう」
　作戦決定ですねと微笑む五月が会計を済ませすずらんを出て行こうとした動きを制止して刀は女中へと「団子を包んでください」と慌てて注文をひとつ。
　まだ食べれるんだ、と驚愕の声が飛んできても別腹だと刀は涼しい顔で返すだけだった。