大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

　下駄をからりと鳴らして薄野五月は街を往く。
　行き付けの甘味処のくりぃむ餡蜜がこれまた絶品だと、友人である猫島寝太郎へ話してから数時間。
　昼食後の少し小腹が空く頃合いに五月は『餡蜜が食べたい』と考えた。
　寝太郎からすれば、五月は下宿先の大家のお嬢さんという非常に重要なポジションに鎮座している。
　しかし、当の本人は気にする余地もなく『友人』としてしっかり認識しているようだ。
　愛しい妹は生憎だが今日は忙しい。一人で甘味処に立ち寄るのは悪くないかと暖簾を潜った所で女中が「薄野さん、座敷が空いていますよ」と朗らかに声を掛けた。

　すずらんの店構えは流行りのカッフェーを真似た西洋風の椅子を置いた空間と、それとは別に年季の入った木の机や椅子の空間、常連のみが通される座敷が用意されている。
　常連は座敷で怠けながら茶を啜る事が多いこともあるのだろう。顔馴染みになれば次第に座敷への着席を促される事が多くなる。
　気分的には年期の入った机も悪くないかと入口の見える席に着席した五月の耳へと聞き慣れた声音が飛び込んだ。
「あんなに食べるなんてビックリしたよ。評判の新メニューだけあって美味しかったけど」
　暖簾を潜ったのは見知らぬ青年。竹刀を背負い、袴姿の彼は「美味しかったんだよ」と何軒か先にオープンしたカッフェーの看板メニューであるライスカレーの感想を口にしている。
　大阪で誕生したカレー南蛮ではなく、カツを豪快に乗せたライスカレーは即席のものとは違い味わい深いと評判だ。昼食後の五月には流石に重たい話題ではあるが興味はそそられる。
「カツをライスカレーに乗せるなんて考えた奴は天才だな。
　それに、甘いものは別腹だろ。猫島が『すずらん』のくりぃむ餡蜜が美味しいって言ったんじゃないか」
「そのお腹にまだ入るの？」
　拗ねっ返ったような御剣刀の腹を指差しでけらけらと笑う声の主は暖簾を潜った所で五月の姿に「お嬢さんじゃないですか」と目を丸くした。
「食事に来たんですか？」
「そうなんですよ。ご一緒しても？」
　昼下がりは混み合うからと言葉を添えた寝太郎に大きく頷いた五月は彼の隣で不思議そうに二人のやり取りを見詰めていた刀へと視線を送る。
「ふっふ。どうぞ、お座り下さいな。ええと、そちらの方は？」
「ああ。此方は自分が下宿してる家の娘さんで五月お嬢さん。
　それから、彼は友人の御剣君。さっきまでカツカレーをたんまりと食べていた見かけによらない大食漢です」
　普段ののんびりとした口調がなりを潜め、礼儀正しく二人の初対面をサポートした寝太郎に合点が言った様に「猫島の所の」と刀が大きく頷く。
「こんにちは」
「はいー、こんにちは。お二人共、くりぃむ餡蜜でいいですか？」

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