大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

　一方で、甘味処の端で道楽探偵が茶を煽りながら「あたしゃ、何の特技もないのでね」と頬杖をついている。
　清水あゐの傍らにちょこりと座った優芽は眼鏡の奥で胡桃色の瞳を瞬かせ、「困り事なんですよね？」と首を傾いだ。元よりお人よしの彼女にとって、涙を流す日本人形の悲劇の話しは見過ごせないことだ。
「お人形さんも可哀想です！　人は話し合えば分かり合える筈！
　きっと猫さんであろうとお人形さんであろうとそこに心があるのならそれは変わらない筈！」
　――それは彼女が不逞の輩を改心させる事を目的とする信条を抱く事からくるのだろう。
　力強く口にする優芽に気押された様に「そうだな」とこくこくと頷くあゐは早速と情報がないかと周囲を見回した。
　常連であるあゐにとっても見慣れた仙藤紫の後ろ姿は常の雰囲気とは変わらない。
　女学校に通う紫が卒業を間近に控え、女性としては大躍進の帝都大学への進学が決定している有望株である事をあゐは良く知っていた。
　午後の一時を静かに過ごし、過ぎ去る時を名残惜しげに見つめる彼女の日常を引っ掻き廻す機会も少なくなるのかと悲しげなあゐは思い出したように瞳をぎらりと輝かす。
「やあやあ。紫嬢。爽やかな午後じゃあないかね」
「あら、清水先生」
　お耳を拝借と『泣く日本人形』の話しを紫へと告げたあゐは聞きこみに行くよと彼女の肩をぽんと叩く。

　騒がしい人だわ、と口にせずとも表情が告げているのだから紫の静かな午後が崩れるのはこの時点から予測されていたのだろう。
　女中へとくりぃむ餡蜜を注文し、読書をしようと英書を鞄から引き摺りだした彼女へと「紫さまじゃありませんこと！？」と女学生が楽しげに声を掛けてくる。
　騒がしい後輩たちは「ご本をお読みになっているの？」「あら、お一人ですこと？」と集えば集う程に鳥の囀りと褒める事の出来ない騒がしさを醸し出す。
「お話し致しましょうよ！　ささ、此方にいらっしゃって」
「……そうね。最近はどうかしら？」
　他愛もない会話を繰り広げる後輩達に巻き込まれるのもたまには悪くない。
　その前に道楽探偵に巻き込まれている手前、少し気がかりなのもあってか会話にメスを入れることには余念がなかった。
　期末試験が近くて憂鬱。
　女学校の先生方の御趣味だそうよ、という噂話。
「そうだ、紫さまはご存知？　一組の彼女のことなんですけどね」
　ささめきごとは少しばかり大きな声音でたちどころに響き渡る。
　流行から、恋の話しまで他愛もない事を囀り語り合うこの空間が心地よい。その心地よさに紫は運ばれてきたくりぃむ餡蜜を見下ろしてゆっくりと瞬いた。
「紫さま？」
「いいえ、もっとお話しを聞かせていただけるかしら？」
　この日常は春で一度終わりを告げる。
　お喋りな後輩たちとも別れ、帝都へと一人歩み行くのだから。
　帝都でも、きっと素晴らしい友人達と会える事だろう。それでも、この場所と帝都は違うだろうから――何処か、切なさが胸を過ぎった。

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