大正浪漫のかほり哉｜リアクション

大正浪漫のかほり哉

　宝の後ろ姿を見つけ、歩み寄るブラックは「こんにちは」と言う様に低い姿勢で話す。
　猫達と会話をしていた宝が「ああ、こんにちは」と柔らかに告げたその声に安堵したように修は続いた。
「ここで、何か？」
「ああ、『とま君』の相談を聞いていたんじゃよ」
　猫には猫の理があるのだ。とまの相談事を聞いて、路地裏に訪れたという宝はブラックが興味深そうに見つめているのに柔らかく笑みを浮かべた。
「話したい事があるのなら、私が力になりますぞ」
　にゃあ、と間延びした声を上げたブラックが主人へ言葉を促す。
　己の出自や、求められていない環境下が酷く重荷になっていると修はとまへと告げる。
「今更継げだなんて……」と呟く言葉にとまは尻尾をゆらりと揺らした。
「可笑しなことではニャいのニャ。ニンゲンもネコも取捨選択するイキモノニャんだ」
　尻尾でたしん、と固い地面を叩くとまに修は苦笑を浮かべる。
　必要とされる場所がある猫にとって『本当に必要としてほしい相手』が嫁いで居なくなってしまった穴は大きい。
　元より、必要とされていなかった己を穴へと宛がわれた修とは正反対の悩みなのだろう。
「お前は、十分必要とされているニャ。ニンゲンは身勝手だから、オイラの事なんてかぁーんたんにポイする」
「されて、ないだろう？　カヱ子さんだって……」
　ふるり、と首を振ったとまは「ネコはニンゲンとおんにゃじ様に生きてはいられないにゃ」と目を細めた。
　彼が自分を必要とされていないと言うならば、嵌る筈の無かったピースである『自分』はどうなのか。とまは小さくそう告げて、尻尾を丸くさせた。
「俺も……、必要とされているのは分かってるんだ。これは、俺の感情の問題なんだよな」
　その言葉に小さく欠伸を漏らし、「果報者ニャ」ととまは欠伸を漏らした。

「とま？」

　路地裏へと訪れたマキナと羽衣は丸くなったとまの姿に瞬く。
　黒猫は尻尾でびたんびたんと床を叩き『お客さんが多い』と言わんばかりの態度を取る。
　何処か面倒くさそうにするのは、何事かを諦めきっているからか。
「カヱ子さんの所へ――」
　帰って欲しいと、口にするのは簡単だとマキナは傍らの羽衣へと視線を配る。
　他の猫達の言葉は解らないが、『話せるであろう人間』を選んでとまは確かに会話をしていた。
「無駄だニャ。帰らないニャ」
「どうして……？　猫さんはカヱ子さんのこと、嫌いになったの？」
　ショックを受けたかのような表情で、羽衣が息を飲む。その真摯な瞳に不安げに瞬くとまは首を振った。
「オイラはユウ子に拾われたんだニャ。ユウ子がオイラを見捨てて余所の男の所に行っちまった。
　カヱ子はオイラみたいな厄介者居られても困るに決まってるニャ」
「そんなこと、ないよ……？　猫さんはカヱ子さんのこと勘違いしてる」
　吐き捨てたとまへと唇を震わせた羽衣は小さく呟く。
　彼女の言葉を繋ぐ様にマキナは「自分達よりおばあさんの言葉を聞いてくれないか」と促した。
「初対面の自分たちよりも、おばあさん――カヱ子さんの言葉をしっかりと聞いてくれないか？
　気持ちを確かめて来てくれる、それだけでいい。きっと『誤解をしている』と分かって貰える筈だよ」
　マキナの言葉に尻尾をたしり、と揺らしたとまは悩ましげに顔を下げる。
　その場所へと足を踏み入れた鈴と優芽はどうしたものかと顔を見合わせた。
「あのね、とま。自分の気持ちには素直になりなさいよ？　そうじゃなきゃ……ぐす、」
　涙ぐみ、おばあさんがかわいそうとぼそぼそと呟く鈴の背を優しく撫でた優芽は「思ってもない事を言っちゃだめ」と苦笑を漏らす。

このページにイラストを設定する