一日閑話｜リアクション

一日閑話

【夕方】

　寝子島高校の下校時間が迫っている頃——、星ヶ丘寮内のある一室の食料庫に、檜扇唱華は立っていた。
　着物風の衣装の大きな袖からすらりと伸びた白い指先は、ある木箱の上で、何かを選定するために左右に動いていた。
　彼女の口角に浮かんだ柔らかい微笑みも相まって、どれにしようかな？　と遊んでいる子供のようだ。
　やがて指先がぴたっと止まると、唱華は鼻歌交じりにツヤの良い玉ねぎを選び取った。
（重さも良いですね）
　新鮮さを確認すると、カートの——既に入っていたジャガイモの隣に入れる。
「あとは人参と、鶏肉、コーンも入れましょうか。それから——」
　キノコや緑の野菜はどうしよう。唱華がこれから作るのは、シチューだ。

　
『今日は君の料理が食べたい』
　
　昼間に主人から受けた連絡を反芻し、メイド唱華は目尻を下げる。一緒に食べるから準備しろと言う指示には、主人の上機嫌が滲み出ていた。
　指定されたメニューを作るのにも、張り切ってしまう。
　まっさらな調理台の上に食材を並べると、まずは肉から調理をスタートした。
　バットの上に載せた鶏肉に塩を振って揉み下味をつけると、手早く野菜のカットに移る。
　その後の肉と野菜は炒める派と炒めない派で分かれるところだが、唱華は後者の一般的なレシピを採用している。
　表面を焼いて鶏肉独特の臭みを飛ばし、野菜の旨味を増させる工程だ。それを余分な焦げつきなどが無いように手早く済ませると、白ワインを加え、コンソメで煮込みに入る。鶏肉の臭み消しにローリエも投入した。
「ちょっと待ってて下さいね」
　唱華は調理台の隅で水にさらしているジャガイモへ——煮崩れしやすいので後で入れるのだ——、声をかけた。

（さあ、この間にホワイトソース作りです）
　ホワイトソースと言えば作る工程が面倒なので、市販品も人気だ。それを使ってしまうのもひとつの手ではあるのだが、大事な主人のリクエストに最大限答えたいこのメイドは、こんな作業も楽しみのひとつとする。
　溶かしたバターの良い部分——上澄みに小麦粉を加えて炒め、牛乳を加えて暫く混ぜ合わせる。
　バターの香ばしい匂いと牛乳の甘い匂いが綺麗に組み合わさった良い香りが、キッチン中に漂い始めた。
「——そろそろでしょうか」
　泡立て器をゆっくり持ち上げてみて、ソースにとろみがついてきたことを確認すると、唱華は塩コショウをして火を弱めた。
　これで煮詰めればホワイトソースは完成だ。
　あとは肉と野菜を煮込んでいる鍋に、ホワイトソースを加えて混ぜ、バターの残りを加えて、木べらで優しく混ぜる。そうしてシチューも出来上がるが、少し煮込む間の時間を使って、唱華は別のメニューにかかることにした。
　１皿目のサラダだ。
　
　この日はシーザーサラダにしようと考えていたが、簡単な工程で作り終えてしまうと、少々の物足りなさを感じた。
　シーザーサラダのボリュームを増やすならグリルドチキンが定番だろうが、チキンは既に２皿目のシチューに使っている。
　では魚介はどうだろう。エビ？　サーモン？　「……うぅん」考えてみたがどれもパッとこない。
　そうする間にシチューの煮込みが終わる時間だ。もしここから一品増やすなら、短い時間で作れるものになる。
（……和風パスタもいいかもしれません！）
　量を少なめにして、これを１皿目に。サラダを前菜として出そうと、コースを改めた。
　その為の準備をして、唱華はふと手を止めた。
「そうそう、フランスパンも忘れずに」
　料理に添えるバゲットを食べ良いサイズにカットした。

　あとは主人が帰ってくるのを待つばかりだが、先に外出中の妹への連絡をする。
「今日は御主人と一緒に夕食を頂ますよ、と」
　それからテーブルセッティングを終えると、唱華は完璧に整った食卓を眺めた。
　もう間もなく静かなこの部屋が賑やかになる。
「ふふふ」
　想像すると思わず笑い声が溢れた。