一日閑話｜リアクション

一日閑話

　志波武道は放課後、旧市街のレトロ風カフェ『ミルクホール』でアルバイトをしていた。
　就業の際に後輩の佐藤英二が「今日も精を出しますよ！」と言うので、武道も「明るく元気に！」と答え、雨で下がり気味の気分を吹き飛ばすが如く接客担当業務に勤しんでいる。

　休憩時間に事務所のドアを開くと、看板犬が愛想のいい笑顔を振りまきながら出迎えてくれた。
「ポンチクゲンキー？」
　喉を両手で撫でてやると、尻尾の動きが激しくなる。癒される仕草に眉を下げていると、「お疲れ様」と声がかかった。店主の寺島康子が、労いの笑顔でこちらへ振り返っていた。
「お疲れ様でっす！」と挨拶を返してソファに座りこむと、武道は扉へ振り返った。
　雑談の前に、これから話題にしようとしている『彼ら』が部屋にこないか確認したのだ。
「双子とイリヤくんの事なんですが、気になってた事がいくつかあって——」
　武道は同窓生のエリセイ・ジュラヴリョフ、レナート・ジュラヴリョフ、そして彼らの弟イリヤに、なんとも言えない違和感を感じていたのだ。
「本人直接は聞きづらいカナーなんて！
　ただ……康子さんからは話せない、とか、本人に聞いた方がいい時はそう言ってもらえると助かります」
　武道が努めて軽い口調と笑顔を交えていると分かって、康子は「ええ」と頷いた。

「俺も下宿してるんですよね旧市街のお店に！　どういう経緯でこの島にきたのかなーと……下宿前から何か関係あったんです？」
「関係って言うと、三人の母親の妹——叔母の私がこの島に住んでいた関係で……、って答えでいいのかしら？」
　当たり前を返されて武道は笑うしかない。確かにあの質問では答えはそうなってしまうかと思っていると、康子は続けてくれた。
「私は学生の頃に島に住んで、この店でバイトしてたのよ。一度島外で就職したけれど、色々あってオーナーから店を譲り受けたの。
　OL康子の人生ついては何時間でも詳しく話せるけど。あなたが聞きたいのはそっちじゃないわねきっと」
「彼ら結構癖つよいから！　ご両親はどうなのかなーナンテ！」
　康子は足元に座るポンチクを静かに撫でる。
「三人の両親はエリセイとレナートが中学生の頃に亡くなったのよ」
　両親——つまり母の方は康子の姉だ。武道が息を飲んで「すみません」と反射的に言うと、康子は微笑んで「いいのよ」と続けた。
「イリヤはすぐに親戚のご夫婦が引き取り手に、エリセイとレナートは児童養護施設に保護されたわ」
　中学生と言う難しい年齢がネックだったのか、それとも別の理由があったのか。とにかく双子には引き取り手がいなかったのだと、武道は理解した。
「私はこの通り日本で独身生活を送っていたじゃない？　三人はロシア生まれのロシア育ちで一度も会ったことがなかったけれど、気になって、海外の施設について調べてみると、補助金だか助成金だか知らないけどお金目当ての養子縁組する人が問題になっているっていうニュースが出てきたりしたのよね。
　慌てて元気にしてるか電話したらなんて言うか……ほっとけなくてねぇ」
　母性ってやつね！　と康子は両手を胸に当ててポーズをとり、武道の笑いを誘った。
「二人が日本にきて最初のちょっとは私も一緒に住んでたのよ。でも手狭だから新しいところでも探そうか？　って言ったら、二人が『おばさんは邪魔だから別のとこ住んで』って言われちゃった」
「ええっヒドイ！？」
「親戚のやーなおばちゃんが店に来た時に、独身女が男の子引き取るなんてどーとかこーとか私が嫌味言われてたの聞いてたのよあの子たち」
　武道相槌をうって時計を確認した。康子の休憩の残り時間を考え、「あとこれ一番聞きたかった！」と最後のつもりで質問した。
「双子見分けつきます？　俺はまだピアス以外つかないデッス！」
　素直な告白に康子は吹き出した。しかし双子本人曰く、両親も見分けがつかなかったらしいとエピソードを披露する。
「でも見ただけでも分かるイリヤはね、『兄さんたちは時々入れ替わってる』って言うのよ」
「本当ですか！？」
「本当なのか冗談なのかも分からないくらい、私にも分からないわね」
　そこまで話すと康子は椅子から立った。休憩時間が終わるらしい。
「さてと……、今度は私に質問させてね、あの子たちが学校でちゃんとやってるのか心配なのよ！　じゃ」
「おつかれさまです！」
　武道は扉向きだった身体を元に戻し、ふうっと息を吐いてソファに身を沈めた。
「色々あるのねー」
「何が？」
　驚きに息を止めて振り返ると、レナートが立っていた。康子と入れ替わりで部屋に入って話しは聞いていない筈。
　そう思うものの、心臓に悪い出来事に、武道は冷や汗をかいて苦笑するしかなかった。

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