ふわりと幸運は舞い降りる｜リアクション

ふわりと幸運は舞い降りる

　キャスター付きのカゴには図書館が購入した真新しい本がぎっしりと詰まっている。
「あら、やだ。これは文学のカテゴリよねぇ」
　紺色のスーツ姿の多岐川玲栖は白い手袋を嵌めた手でパラパラと頁を捲る。一冊はカゴに戻し、他の本を素早く書架に並べていった。
「あのぉ、本を探しているのですが、お聞きしてもよろしいでしょうか」
　若い女性が上目遣いで聞いてきた。玲栖は白い前髪を軽く後方に流して赤い瞳を向けた。女性はうっとりとした様子で言葉を待っている。
「アタシでよければ。まずは本のタイトルを教えてくれるかしら。あ、それと作者名を忘れないでね」
「……あ、はい。そう、ですね」
　遅れて女性が言った。そして早口でタイトルと作者名を告げた。
「その本ね。ちょうどよかったわ」
　玲栖はカゴに戻した一冊を女性に手渡した。
「あ、ありがとうございます」
　素早い一礼を済ませると、女性は早々に貸出カウンターへと向かった。そのような姿を見慣れているのか。玲栖は微笑みで見送った。
「続きをやらないとね」
　カゴを押しながら本を適切な位置に収めていく。
「これで全部ね」
　整然と並べられた本に満足の笑みを浮かべる。他の本の状態にも目を向けた。
「あら、少し歪になってるわね」
　奥に入っていた本を少し前に出す。出っ張っていた一冊は奥へと押し込んだ。
「まだ、こんなところがあるのかしら」
　カゴを押しながら本の状態を見て回る。
「問題は、あるわね」
　書架の最上段。分厚い本が手前に飛び出していた。重みで手前に倒れてきているように見える。
「アタシの身長では届かないわね」
　周囲を確認した。幸いなことに人の姿はなかった。
　玲栖は備品の置いてある部屋に急いで向かう。中には細々とした道具が雑然と置かれていた。
「あったわ」
　取り出した脚立を肩に引っ掛けた。半ば走るように戻っていく。締めていたネクタイを指で緩めた。
　問題の書架へと曲がる。一人の女性の姿が目に飛び込んできた。手にした本を熱心に読んでいる。
　玲栖は最上段の本を目にした。ゆっくりと動いている。真下にいる女性の頭部に狙いを定めていた。
　声を掛ける間もない。玲栖は走った。本が鈍器と化して振り下ろされる。
　短い悲鳴が上がった。女性は横向きに倒れた。その上に玲栖が覆い被さる。
「押し倒してすまない。怪我はないか」
「私は平気です。でも、貴方は」
「脚立が良い盾になったよ」
　二人は揃って立ち上がる。玲栖は落下した本の状態を見た。損傷した箇所はなかった。
「脚立には本来の姿に戻ってもらおう」
　その言葉に女性は、そうですね、と笑って答えた。
　玲栖は脚立を使って本を元の位置に収めた。他の部分にも手を加える。
「あ、あの、さっきは失礼な態度を取ってごめんなさい。助けてくれてありがとうございました」
　女性は深々と頭を下げる。その姿に玲栖は思い出したかのように頷いた。
「これで失礼します」
　女性は踵を返して歩き出す。姿が見えなくなる寸前で振り返った。
「さっきの貴方はとても素敵でした」
　恥じらうような表情が印象的であった。姿が見えなくなったあと、玲栖は脚立の上で前髪を掻き上げた。
「こんな俺も、たまにはいいな」
　男らしい台詞で仕事に戻っていった。