ふわりと幸運は舞い降りる｜リアクション

ふわりと幸運は舞い降りる

　青い薔薇の花弁を思わせる空の下、花風冴来は金色の長い髪を弾ませて街中を歩いていた。白を基調にしたドレスは陽光を浴びて輝いて見える。表情はどこか柔らかく、薄紅色の唇に微かな笑みを浮かべていた。
　雑踏に紛れて声が聞こえてきた。冴来は横手に顔を向けた。電気店の店頭に置かれたテレビが目に入る。画面の右上に『集団暴行』のテロップが表示されていた。
　冴来は顔を背けた。今日の空に反して表情が曇る。
　――どうして、そんな酷いことをするの。
　物悲しい表情で語ると足を速めた。テレビの音は次第に小さくなり、周囲の音に掻き消された。それでも足を止めなかった。目の前に九夜山が迫ると、更に速度を上げた。
　冴来は枯れ葉を踏み締めて山に分け入る。勘に任せて斜面を上っていった。
　木々が密集したところに出た。亡者の手のような痩せ細った枝が冴来のドレスを一斉に引っ張った。振り払うようにして強引に突き進む。
　注意が上方に向いた、その時を狙われた。うねる木の根がパンプスの踵を巻き込んだ。冴来は前方に投げ出されるような姿で転倒した。咄嗟に受け身を取ったことで怪我は免れた。ただ、ドレスの一部が土気色に汚れてしまった。
　その汚れを目にして冴来は儚い笑みを見せる。
「私の心と同じだね」
　汚れを手で払うことなく、冴来は先を急いだ。

　迷う者を教会は静かに受け入れる。山に迷った者も例外ではないのかもしれない。冴来は目指した場所にようやく辿り着いた。
　自然の猛威に晒されて外観は半ば朽ちていた。外壁を覆う蔦薔薇が原形を辛うじてとどめているようにも思える。
　冴来は安らいだ表情で教会の中に入っていった。外観と同様に中も荒れていた。過去の争いの疵が至るところに見て取れる。
　その中を歩いた。割れたステンドグラスの残骸を踏み越えた先。中央には天使像が待っていた。
「祈りを捧げにきました」
　親しみを込めて語り掛ける。
　天使像は何も答えない。地に落とされたかのように全体が煤けていた。腕を失って熱い抱擁も叶わない。悲しげな顔で訪れる人々に接した。
　冴来は両膝を突いた。砂礫を踏むような音に動じることなく、胸元で手を組んだ。瞼を閉じて顔を上げる。
「この世界が、だれにとっても優しい」
　悲しみに打ち震える胸を堪えて口にした。
「皆が笑顔で、過ごしていられる世界に、なりますように」
　繊細な声は途切れ、語尾が儚く揺れる。期待と絶望が入り混じった表情で祈った。
「その為の力が私に宿りますように」
　最後に強い自身の願いが込められた。割れたステンドグラスから一条の光が射し込んだ。辺りは荘厳な雰囲気に包まれた。
　満たされた表情で天を仰ぐ。
「力が私に宿りますように」
　何かに突き動かされて再度の声を上げる。
　――なんだろう。この温かい気持ちは。
　見えない手が私を優しく包んでくれるような。
　この感覚は、どこから来ているの？
　そっと目を開けた先には天上の光を一身に受けた、輝かしい天使像の姿があった。

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