悠久の時の彼方へ～信州に真田あり｜リアクション

悠久の時の彼方へ～信州に真田あり

　尾鎌蛇那伊は突進しつつも、五感を研ぎ澄ませて周囲の状況を把握している。特に大切なのが、一点を見ることなく全体を見渡す視覚だ。蛇那伊はやがて、市街地の一角に徳川勢先鋒の姿を視認した。
　戦国時代の戦は桶狭間以来だ。その時と同様、金砕棒は腕の力だけでなく全身の筋力を使って自在に振るう。
　蛇那伊は、最初に向かってきた雑兵に狙いを定めた。遠心力を高めて威力を増幅させ、相手を藁の人形のごとくなぎ払った。味方を景気付けるため、一人倒したところで、敵方に向かって堂々と名乗りを上げた。
「我は鬼神なり！故あって、此度は真田を守らんがために馳せ参じた！」
　巨大な金砕棒を軽々と操る姿は、敵の士気を挫くのに十分だった。
「桶狭間にて織田につき、千の骸を生み出して今川義元への道を切り開いた我が力、恐れぬ者はかかってくるがよい！」
「千の骸」は誇張としても、桶狭間で奮戦したのは本当だ。蛇那伊の口上には説得力があった。前線の兵を見ると、怖気付いているのがわかる。
「退けい！退けい！」
　その時、足軽大将の号令が聞こえた。
「まっ、今回は持久戦だものね」
　蛇那伊は、自ら殿として味方をかばいながら、退却を始めた。

　太刀を防いだ常闇月の小太刀から、火花が散った。月の役目は、敵兵を罠の場所に誘い込むこと。小振りな武器で防戦しながら、身軽さを活かして敵を誘導する。
「おなごの癖に素早い奴！」
　月を追うのに夢中になった敵将は、城門を難なく突破して見通しの悪い路地へと入っていく。