悠久の時の彼方へ～信州に真田あり｜リアクション

悠久の時の彼方へ～信州に真田あり

「歴史にはあまり明るくないのだけれど」
　女川智火はそう前置きしてから、築地哲に確認した。
「たしか敵軍を追い払ったあと、城下町を焼き討ちして足止めした―――するんだよね？」
「ああ。昌幸殿はすでに住民を城内に避難させているよ」
「ふーん……なるほど」
　智火は真面目な表情で考えを巡らせた。いつの時代でも、「賢い人」というのは好感が持てるものだ。できるだけ知恵を貸したい。
「湿度は良好、火の燃え広がりには風速も考える必要がありそう。風向きが町から城に吹くなら、焼き討ちも行えなかったはず……」
　敵兵が素早さを増している、という情報も気になった。
「火矢で素早く遠距離集中砲火をして、逃げ道を塞ぐように燃やす？そのためには、空を飛ぶ標準が必要だけど……」
　歴史を弄ってはいけないという制約と、現実的な問題を考えるならば―――
「……『凧』が有効かな？こっちじゃイカだっけ。まぁいいや」
「女川さんは、凧を作るのですか？」
　傍らのクルジッカ・ヘルマゴルが興味を示した。
「うん。目的地との距離を測るためにも使えるし、一方向から凧を狙うように射抜けば、同じ場所を効率良く射られる」
「楽しそうですね！ワタシも手伝います。たしか、凧って忍者が張り付いて空を飛ぶための道具ですよね？」
　智火は苦笑いして答えた。
「それはフィクションだよ。人間は流石に重すぎる。でも、火矢だけでなく、矢を集中的に射掛けるだけでも敵の抑制になるだろうね」
　二人は早速、紙や布、竹などの材料を集めて製作に取り掛かった。
「丈夫に作らないと、矢に当たって壊れますよね」
「その心配はいらないよ。私が呪言を使えば壊れないから」
　智火のろっこんは、対象物の形を固定する力がある。
「それどころか、糊が乾いてなくても平気だから……」
　やがて、あり合わせの材料とはいえ、立派な四角形の凧が完成した。
「やったー！完成ですね！」
　クルジッカは、智火に抱きついて喜びを表現する。普段感情を顕にしない智火も、満足気な表情を見せている。
「予備もできるだけあったほうがいいね。戦闘に参加していない民衆にも手伝ってもらおう。作り方は、これを手本に教えればいい」

　戦の準備に忙しい兵士たちは、城の中に突如出来上がった工房を不思議そうに眺めていた。智火とクルジッカが、女子供たち非戦闘員に凧のつくり方を教えている。
「……ああ、紙も糸も骨組みも、弱い素材でいいよ。どの物資も貴重だろうし。別に髪の毛でもいいから」