暗澹の頁｜リアクション

暗澹の頁

　白と黒――半濁した世界は歪み、軋む。それは叫声が如く鼓膜を劈いた。
　周囲を見回した桜月は今迄、自身が居た場所では無い奇妙な『旧校舎』に居る事に気づき小さく息を飲む。
　確認する様に月が見詰めた窓の向こう側。
「月は――」
　見えないと僅かに震えた声に「そうね」と少し距離を置いて軽く相槌が返ってくる。
　声の主を探し見回せば、教室の端で何かを探すかのような仕草をとっていた白真白が笑みを浮かべて月へと手を振った。

　時刻は遡り、黒い背表紙の本を偶然手にした真白の目の前は目まぐるしく変化してゆく。
　鮮やかな色彩を喪ったかのような暗澹に恐怖心を憶え、パニックを起こした彼女は「何これ、何これ、どうすればいいの？」と大慌てに立ち上がった。
　廊下が盛大に軋み、叫ぶ少年の声と「早くページを探さなくっちゃ、戻れないんだ……！」の言葉から、この世界が何か、そして何をすればいいのかが瞬時に理解されたのだ。
「と、とにかくこの世界から脱出しないと……」
　その幼さを感じさせるかんばせには不釣合な大きな胸を揺らし、周囲を確認した真白の視界には古ぼけた教科書が落ちていたというわけだ。
　そして冒頭へと戻る。
　不安げに佇む月へと何時も通りのポジティブさで「知り合いが居るなら怖くない」と楽しげに話しかけた真白は教科書を拾い上げる。光の加減で色味も違って見えた瞳は何処か楽しげに細められていた。
「月ちゃん！　よかった、知り合いがいてちょっと安心」
「――……」
　この状況で安堵をするとは心臓が強いというのだろうか。不安げに身を捩った月の隣へとゆっくりと腰掛け、教科書に書かれた文字に視線を滑らせる真白はへらりと笑う。
「この世界に来る時に声が聞こえたよね？　頁を探してって。
　それに、廊下で男の子が『ページを探さなきゃ戻れないんだ』って叫んでたわ」
　きっと、そう。黒い背表紙の本のページを探さなければ元の世界には戻れないのだろう。
　推測と共に行動指針を固めた真白へと月は不安げに言葉を飲む。
（怖い、凄く怖い……）
　唇を噛み締め、怯え竦みそうになる体に力を込めて気丈に振る舞う月は「そうか」と小さく呟く。
「探さなくてはいけないのは理解した」
　怯え泣き喚くのは理想には程遠いと、悟られる様に唇に笑みを乗せた月へと真白は大きく頷いた。
　殺人鬼の徘徊する廊下。校舎内を逃げる朝長夜空という少年。
　どちらも警戒するに相応しいラインナップだ。熟考する様に考えた月は尻に着いた埃を叩き真白を見下ろす。
「朝長という少年はページの在処に繋がる何かを知っていそうだ。
　先ずは彼の話をじっくり聞いてから行動に移そう。焦りは禁物だ、急いては事を仕損じる」
「うんうん。それじゃあ色々探してみよっか？」
　真白との動向を心に決めた月は夜空と『殺人鬼』たる無貌の女を探すべく教室の扉を開く。
　やけに静まり返ったろうかと、古ぼけた校舎は妙な神聖さを感じさせホラーテイストな場所だとは感じさせない。まるで時間が止まったかのような錯覚さえも覚える静寂さを感じながら月はゆっくりと窓の外を見遣った。
　出る事の出来ない『外部』。切り離されたかのような室内――そして、背後から聞こえたのは。

　アッハハハハハハハ――――！！！！