暗澹の頁｜リアクション

暗澹の頁

「で、出たー！　チェーンソー！？」
「なんて物を振りまわしているんだ！」
　スタート地点は離れている。駆けだせば十分に逃れられる距離だと真白は走り出した。
　小さな彼女を庇う様に身を呈し、女からの視界を阻む様に月は懸命に走る。全力だと動かした足は縺れ、普段からの運動不足を実感させるかのようだった。
　警鐘が如く笑い声は徐々に迫る。１つ１つの教室が大きく感じるのは非常事態だからだろうか。
　暗がりに転がったナイフを咄嗟に拾い上げ、護身用として抱えた月が運動に自信がないのだと様子から悟った真白が彼女の手を掴む。
「絶対に離さないでね！」
　二人で逃れようと声を張り上げる。
　近寄る女へと忍び寄る影が彼女の行く手を阻む隙、安全地帯へ向けて駆けこんで――両の脚から力か抜けた感覚に一息ついた。
「あの……殺人鬼はこの世界の住民なんだよね……」
「ああ。頁を探してるわけではなく、守ってるんだとしたら……」
　頁を探してと脳裏に直接伝えた存在が他に在るということだ。さ、と血の気の引く感覚に遠ざかる足音を追い縋る様に耳を澄ませる。
　頁を渡したくない――ならば、彼女が特に存在する方向へ向かえば……。

　保健室の中、安全地帯と化した場所で楓子は「取り敢えずチャックをあけるか」と彼のマスクへと手を伸ばした。
　妙に引っ掛かりを感じ、開く事が出来ない――首をぶんぶんと振る夜空の反応に警戒する様に冴来はゆっくりと問い掛ける。
「如何して開けたくないの？」
「『この世界のルールに反するから』……」
　この世界のルールと唇に乗せた冴来はねむると共にこの階を探しましょうと西側へと向かう。

　同じく西側を探索していたグループは彼らの姿に安堵したように胸を撫で下ろす。
「向こうは確認したよ。普通の教室だった」
　チョークで描かれた探索終了。チョークを仕舞いこんでモップを手にした修が次の教室を確認せんと扉に手を掛ける。
　ぎ、と鈍い音を立て迫りくる誰かに反応した様に夏朝が顔を上げた。女と遭遇した際に四人組と言うのは様々な戦略がある。例えば消火器で目晦ましを行いその間に時間を稼ぐ、教室や廊下に存在した武器を拾い、応戦する。清一郎のろっこんを使用しより多くの武器の所有を行っていた事が善き方向に働いていたのだろう。
　びくりと肩を揺らす勘助の前へと出た夏朝が協力して生き延びるのだと縄跳びに縛り付けたナイフを投げ入れる。ぐん、と強烈な重さを感じさせた其れが女の横面へとブチ当たり転がってゆくのを確認し、一気に走り出した。
「女性だけは何があろうと守る。それは俺のポリシーや。先に行き！　殿は任せェ！」
　体を張って武器を取り出した清一郎は確かに女の憾みを聞いた――否、聞いた気がしたのだ。
　声なき声とでも言うかのように『殺してやる』と言わんばかりに彼女はけたけたと笑う。

　アッハハハハハハハ―――！！！

　曲がり角で、彼女を巻く――それ所か東の校舎の奥には彼女は訪れない。
（如何して東側に来ない……？）
　咄嗟に廻った考えの中、自分達より長くこの場所に居たであろう夜空へと「この下には何がある？」と小さく問い掛ける。
　行く手を遮る様に階段近くに潜伏する女の行動を眺めた修の中で、答えは決まっていた。
　この下にページ、或いは答えとなる何かがあるのだと。
「え、た、たしか、教員、室……」