暗澹の頁｜リアクション

暗澹の頁

　遠く――残響が如く鐘の音が鼓膜を叩き続ける。
　怯えた様に身を縮め、小さな双葉由貴はその身を机の下へと滑り込ませる。狭い教員用の机は幼い由貴の身体をすっぽりと隠すが、息が詰まる。
「な、なんなんだよ……ここ……」
　強がるように幼さを感じさせるかんばせを歪め、周囲を見回した由貴の表情が徐々に青褪めてゆく。
　指先が揺れ、外から聞こえる足音が地面を軋ませる只、ソレだけにふるりと震える。
（音を出すな、出すな――……ホラー映画で良くある展開だよな……）

　机の下から顔を出せば扉を開いた音もしないのに白い服の女が――――……。

　想像だけで鼓動が高まり息が漏れかける。静まり返った深い夜。木造の古ぼけた校舎。
　これのどこに『ホラー』でないという要素があるのだろうか。間違いなくホラーだと感じる他にない。
　遠ざかる足音に机の下から這い出して慌てた様に咄嗟に手にしたのは箒。
　遠巻きに聞こえたチェーンソーの音。廊下を走る途中に見た無貌の女、そして応戦する人影。
「こわくない」
　カーテンを掴み、ぐるりと纏める。箒は剣の代わりだとゲームで見たものの様に固め直した。
「こわくないんだからなー！」
　滲む涙を堪え、頑張るぞと両の脚に力を込める。
　教室の扉を開き、足音とは逆の方へと走り出した。二階はフィールド的には『都合がいい』。
　上も下もどちらにも逃げ場がある。しかし、小さな彼にとって階段は不利になると周囲を見回した。
　一先ず学校の事を把握した方がいいのかと小さく唸る。
　
　学校――

　学校と言えば――教員室……？

　悩ましげに首を捻った少年の背中へと女の笑い声が迫る。
　ヒッと息を飲むような引き笑い。ついで、ぐんと近寄る笑い声に背を向け走り出す。
「な、なんなんだよ……！？」
　教室の中は『危険』だ。見られていたならば入り込むに違いない。二階にいる由貴はまだ知らぬ話だが、女は西棟――凹型の校舎の西側だ。家庭科室や教員室がある――には近寄らない。
　寧ろ、西棟の特に一階に繋がる階段付近にうろついているという事が、女の動向を見守っていた翠響は把握していた。
　逃げ果せる由貴を追う女。その背を隠れながら追う翠響は首を傾ぐ。
（狂気の赴くままに動いてる訳じゃない……？　教員室に何かある？
　――……彼女が『黒い背表紙の本の一頁』だとしたら、それを確かめる方法がある？）
　ぐるりと振り仰がんとした彼女から逃れる様に一度、顔を伏せ確認する様に仰ぎ見た翠響は風が如く靱やかに姿を隠す。
　それがろっこんであると気付くこと無く、要領の良い彼女は運動神経の賜物かと感じた事だろう。

　それにしても、黒い背表紙の本の一頁に見せ掛けた夜空(おとこのこ)が周囲を練り歩き、本に影響を受けているのだとしたら？
　もしくは、黒い背表紙の本の一頁こそ彼なのだとしたら――？

　試してみる他にはないかとゆっくりと立ち上がり、女が立ち去る時を待った。