暗澹の頁｜リアクション

暗澹の頁

　階下に存在する教員室。その中へと誰も入れやしないと言わんばかりの女の動作に気付きながらも近づけないと由貴は怯えきった眸で廊下の影から階段付近で唸る女を見遣る。
　どうやら何処に誰が居るのかを理解しているようで、誰かが一階の東――教員室に近付かんとすれば女は真っ先に下りてくる。
「知られたくないのがあるのか、……な……」
　底なしの虚空――貌がなくとも確かに分かる。目が、あったのだと。
　凍て付く氷を纏いながら女を待ち構えた由貴の肩をぽん、と叩いたホルス・フォモナンデスは幼い少年を鋭い勢いで狙う事を見過ごせなかったのだと帽子の鍔へと手を掛けた。
「歩きまわれば、日暮という少年が追い回され、女を探せば次は坊主が窮地に陥ってるわけだ」
　鈍くギギギと擦れるような駆動音。迫りくるそれを受け止める体勢を整えたホルスが近くに存在したモップを女の眼前へと転移させる。
「な、だ、誰……」
「ちょっとしたお助けキャラだ。俺も俺で結構怪しい見た目してるだろ？」
　くつくつと咽喉で笑ったその声に小さく頷き由貴は一時避難を目指す。正面から襲い来る女に敵対するのも吝かではないだろうが、いつこの場所から帰れるかは判別がつかない。無駄にリソースを割く必要もないだろうと十分な距離をとった由貴へと視線を送った後、彼はブレた。
　文字通り、周囲の物をありったけ転移させ女が怯んだ隙に階上へと逃げ果せたのだ。
（朝長夜空――だったか……。あっちの得体の知れねぇガキもなんだか臭うな。
　俺の勘がそう告げている。ガキの行動に何らかの変化があったら子供達を護らなくちゃな）
　悩ましげに階段を上り、また息を潜める。子供達を助ける時だけに姿を現し、出来るだけ自身と言うリソースを割かない様にしているホルスは家庭科室の冷蔵庫にまだ飲み食いできる食品がある事に驚きながらゆっくりと腰を下ろした。
　相手は鉈を握りしめている。幾人かの子供達との合流を果たしたみたいだが鉈を離す事はないようだ。
「護身用って言われても武器を持った人間ってのは野放しにはできねぇからな……」
　チェーンソーを持った女と同じくらいに危険因子だとホルスは考えていた。
　表立った行動を起こさない物のナニカの影響を受けているのだとしたら――彼は外から来た人間なのだろうか……？
「しかし、どうも臭うな、今回の件。
　後々面倒なことにならなければいいんだがな……」

　探索の途中、息を潜めるにはぴったりな図書館で本棚を漁りながらねむるは「冴来さん」とゆっくりと声をかけた。
「頁の在処が分かったよ、冴来さん。
　ふと思い出したんだけど頁って漢字の部首は人の顔を象徴するらしいんだ。
　それに僕らがここに飛ばされる前に聞いた【頁を探して】という声の主は女性だった。
　――つまり無貌の女は顔を探していて、その顔を奪ったのが血まみれで鉈を持った夜空君」
「それは」
　小さく息を飲む冴来はあからさまに『血に濡れた少年』のことを思い返し頷く。
　傷は無く、己の怪我だと主張する少年。何もかも可笑しいのだと彼女は小さく呟いた。
　それは、彼を護ると主張したグループとの敵対行動にも当たるのだろうかと窮地に立たされた少年少女は息を飲む。
　出来得る限りの危険因子は排除しなくてはならない。
　それは、後に繋がる可能性があるのだ。冴来はねむるの言葉を待つ。
　彼女の中にも芽生えた一つの答えが彼と同じであるかを確かめる様に。
「つまり、彼の被っているマスクが頁なんじゃないかな」

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