【お正月】カルタ！　～つくってあそぼう～｜リアクション

【お正月】カルタ！　～つくってあそぼう～

　ミルクホールの小さなガラス窓がついた扉には、『閉店』のプレートがかかっていた。分厚いオーク材の扉は音を外に漏らさないが、店内はかなり賑やかだ。

「——二年参りのはそのあのなんだ動揺してメンゴ！　でもイリヤくんや陽毬ちゃんまでがっつり食いつかれるとは思わなかったよ！？」
「だって面白いもん」
「君の反応がね」
　志波武道の話しに、同じ意地悪い笑顔が並ぶ。
「そう言えば康子さんは？　新年の挨拶……」
「おばさん？　友達サンと旅行。あと数日は帰ってこないよ」
　店主の康子は、年に数回しかないまとまった休みを、友人との旅行で謳歌している。エリセイは手持ち無沙汰に水性ペンを指先でつついた。
　円柱型はテーブルクロスの上をコロコロと転がって、双子の弟の手前で止まった。レナートはペンを拾い上げると立ち上がり、ケースに仕舞い込みながら事務所へ向かう。
「俺ら連れてどっか行きたかったみたいなんだけど、一応イリヤ、受験生だからね。それに休みの日まで子供がついてたら、彼女自由が無い」
　彼の声がホールに居る仲間へ届かなくなった辺りで、イリヤ・ジュラヴリョフが困ったように眉を下げて笑った。
「もっと頑張ったり焦ったりしなくちゃいけないのかもしれない。でも実感が湧かないんです」
「もう春の話題が出る季節なんだよね」
　伊橋陽毬がテーブルに向かって伸びをしながら「あー、私二年生かぁ……」とぼやくと、屋敷野梢が「春と言えば」と手を打った。
「もうすぐ春型の蝶が孵る時期ですねー。
　アゲハチョウ、ベニシジミ……代表的なのはモンシロチョウで、気象庁の観測もされてるんですよー」
　昆虫好きの彼女はたった今描き上げた絵札にも、その知識を取り入れたようだ。梢の手元にある細かい特徴が精巧に描かれたイラストに気づいて、虫嫌いの陽毬は何とも言えない笑顔で視線を遠くへ逸らす。揚羽蝶のような華やかな蝶々ならまだ良いのに、なんで『コレ』かなぁ。

　こうして皆の声が高くなってきたタイミングを見て、大道寺紅緒が布がたっぷりと使われたドレスの裾をさばきながら立ち上がった。
「皆さん、準備は出来まして？」
　彼女の手にはチーム分けの為のクジがある。出来上がったカルタは、１４人が２人１組の７チームに分かれて遊ぶのだ。ある意味で勝負の分かれ目となるイベントで、皆がワクワクと朗らかに声を交わし合う中で、篠原翠響だけが血走った目でそれをじっと見つめていた。
（もしイリヤと同じチームだったら……）
　然程広くないテーブルだ。
　同じチームになれば、彼の半身が触れ合う距離に立つ事になる。作戦を話し合ったりもするだろう。イリヤが近くに存在しているだけでドキドキしているのに、そんな事態になって『持つ』のだろうか——？
　想像だけで思わず悲鳴をあげそうになり、頰を両手で挟んで声を押さえ込んだ翠響は、自分の考えを否定した。そう都合が良く進む訳ないじゃない！
（でも……、別のチームで対戦する事になったのなら……）
　テーブルを挟んで正面に彼が来る事になる。
（そして読み上げられる札。一つの札を巡って伸ばされた私の手とイリヤの手が——！！）

「——中学生さん……、篠原翠響さん！」
　名前を呼ばれていた——きっと何度目かだ——のに気づいて翠響がハッと顔を上げると、紅緒が猫によく似た形の目を、ぱちくりと瞬きさせている。
　他のメンバーは既にクジを引き終わっていたから、最後になった翠響の結果は既に決定していたのだ。
「貴女、私と同じチームですわよ」
「……あっ、うん。宜しくね」
　挨拶する二人を横目に、響タルトが囁いた。
「恋する乙女を眺めるのも楽しいね」

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