天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

浮遊岩群『天上の滝』（６）

　何も言われるがまま、テオに協力するばかりではない。寝子島が育む個性は実に多様であり、ことカラスたちと石の争奪戦ともなると、そこには様々に方向性の異なる思惑が生まれた。
「さ、あっちに向かって飛んでくださいな、カラスさんたち。それで、骨削さん？　どうされるおつもりなんですの？」
　毒島虹子は楽しげ、歌うように尋ねる。白い翼を得た彼女、いつもの腹黒はいくらか控えめになったのかと思いきや、
「こちらのほうが、楽しそうですものね。お愉しみをお手伝いして差し上げませんと！」
　虹子がひらりと掲げて見せたのは、黒い羽。紛れも無く、かつてクローネ自身の翼から放たれたそれを目にすると、取り囲むカラスたちはにわかにざわめいた後、虹子に従順なそぶりを見せた。
　骨削瓢はもちろんのこと、いつもの調子に変わりない。
「神々の国に、混沌を振り撒いてやるのさぁ」
　瓢の後ろには、数人の天使たちが連なっている。人の好さそうな顔で、状況も良く分からないままに連れて来られている彼らは、平和な天界の住人たちだ。
　人の悪意といったものには触れたことも無いらしい、純粋な天使たちへ、彼は壮大な計画を告げた。
「あっしらは、魔界に連れていかれてしまった人たちを助けたいだけなんだ。さあ、今こそ！　おたくらの力で、魔界へ通ずる穴を、再び開いておくれよ！　正義のために！！」
「……えっ。できないよ、そんなこと？」
「はぁ？」
　天使たちは、きょとん。目をぱちくりとしばたかせ、顔を見合わせる……が、そこは瓢の口八丁が黙っていない。
「いやいや、天界の人々を案ずる気持ち、もちろん分かるよぃ。けどねぇ、あっしらも大切な仲間を魔界に吸い込まれちまったわけで、ここはひとつ、協力しちゃあくれんかねぇ……」
「と言われても……出来ないんだよ」
「そんな大それたことはちょっとねぇ……」
「神さまならともかく、私らってヒラの天使だし、そんな力は無いなぁ」
「はぁぁぁん？」
　目の付け所は良かったものの、計画はどうにも、壮大に過ぎてしまったようだが。
「ちぃ、役立たずの天使どもだねぇ……まあいいさぁ、混乱をまき散らす方法は他にもある。こうなりゃあっしらで、あの悪魂石の欠片を奪ってやろうかい！　ねえ、毒島はん」
「うふふ……そういうことでしたら、お手伝いいたしますわぁ♪」
　カラスの導きで、ふたりがゆっくりと近づいていくのは、あのフェニックスの巣だった。

　大天使天吏が巣に飛び込んだのはそもそも、瓢や虹子との共謀があってのことだ……実のところ彼らは、事を仕掛ける直前に顔を揃えて、互いの意思を確認していた。
　といって、
（彼の思惑なんて、どうでも良いけれど）
　天吏は協力しつつも、特に迎合するつもりは無い。
　彼女が真に頭を垂れる相手は、クローネ。ただ一羽、彼女のみだ。
　だからこその、行動だった。
「……危ない！」
　カラスの一匹が狙ったのは、テオ。天吏はその眼前に立ちはだかり、かばって見せた。白い肌を一筋、赤い雫が伝う。
「！？　お前は……」
「いつぞやは、失礼をいたしました。あの時の私は、クローネに操られていたのです……あのカラスも、天界に来ているのですか？」
「操られてた？　ふん……いや、その気配はねえ。あいつ自身がもう一度、再び天界に戻ることは、できないはずだ……」
　ぴくり、と天吏の眉が動く。猫をかぶった演技をしつつの問いへ、眉をひそめて言ったテオの口振りに、心の中、密やかにほくそ笑む。
　天吏が崇めるクローネとて、未だ謎は多い。しかしその一端がこの瞬間に、ぽろりとこぼれ落ちた。
　思えばテオと彼女はこれまでにも、因縁めいたやり取りを繰り返してきたように思える……そう。そうなのだろう。
　クローネもまた、かつては、天界の住人であったのだろう。