天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

浮遊岩群『天上の滝』（４）

「ひどいめにあった」
　とは、御巫時子に抱っこされている、テオのぼやきだ。ぶつけられたり落っこちたりと、少々お疲れらしくため息をついた彼を、時子は労わりを込めて、ナデナデさすさす。優しく撫でてやった。
「まあいい、おかげでこうして、巣にたどりつけた」
「……お邪魔しますね。フェニックスさん……」
　どんなものであれ、鳥は時子にとって、最も近しい存在のひとつだ。
　神鳥と呼ばれるフェニックスは、その名の通りに神々しく、美しかった。目に鮮やかな赤とオレンジの羽毛に、翼の縁にはゆらゆらと揺れる炎が灯り、見返す瞳は静かに澄んで、理知的に見えた。
　が、時子はその翼の一部、乱れてしまった羽毛と、わずかにそこへ散った赤い色を目にして、悲しげにまつげを伏せる。
「石を守っていただき、ありがとうございます……」
　鳥類との会話を可能とするろっこんを使い、そう感謝を伝えた。
　賢いフェニックスは、テオが天界へと石を放り込んだあの日から、ずっとそれを守り続けてきてくれたのだそうだ。つい先ほどから、カラスたちが周辺に現れてしつこくちょっかいをかけてきて、追い払うさなかに、ちょっとした怪我をしてしまったものの……そのおかげでこうして、石の欠片は今もここ、小枝や葉を組み合わせて作られている、ふかふかの巣の中心に安置されている。
　たたた、とフェニックスへ駆け寄ったのは、椿美咲紀。
「こんなになってまで、守っていてくれたなんて……その心意気に、報いなければーっなのです！」
　手には、天界に咲いているという、見たことも無い美しい花。しゃなりと舞えば、美咲紀のろっこんは効果を発揮し、神鳥の傷を少しずつ治癒していった。
「悪魂石……かぁ」
　音海なぎさがつぶやき、黒い欠片を拾い上げる。きゅい、と鳥が鳴いたので、なぎさは微笑み、鼻先をするりと撫でてやった。
「さて、そいつも早いところ、白魂石に変えちまいたいが。まずは、あのカラスどもを追い払うのが先だな」
　未だ時子の腕の中から、そう言ったテオには答えず。
　なぎさはじっと、艶のある黒を見つめる。
（ボクは……テオには頼らない）
　すかした猫に、なぎさは少々、思うところがあった。
　寝子島のため、そこに住む人々のためと考える時に、なぎさにはどうしても、テオを全面的に信頼しきることはできなかった。彼は伝えるべき情報を心の内に留め、あえて明かさないようなところがある……だからこそ、なぎさはこうして自らの足で、自分の意志で巣の中へと飛び込んできた。
　同時に、外でぎゃあぎゃあとやかましいカラスたち、そのボスであるところのクローネとも、あえて敵対しようとも思わない。
　悪魂石や白魂石とは何か？　天界という場所、その存在意義とは？　これほどに苦労しながら、フツウを守ることの意味とは……？　知りたいことは多くあるというのに、何しろ今は、とにかく情報が少ないのだ。
（テオからも、クローネからも……ボクは、両方から信頼されなくなってしまうのかもしれないね）
　それだけに、簡単に判断は下せない。
　しかし今は、それでいい、とも思う。
（だってボクは、知りたがりの、ただのヒトだから……）
　いつか、テオもクローネも、誰の力も借りず。自分自身の手で、真実を手に入れる。
「さ、怪我はこれで治りましたよー！」
「あまり深くなくて、良かったです……」
　美咲紀のおかげですっかり傷は塞がり、翼を広げて見せたフェニックスに、時子も安堵。
　迷わず、躊躇なく……そんな仲間たちの真っ直ぐさを、なぎさは少しばかり、まぶしく見つめながらに。
（テオも、クローネも。ボクは、両方を知りたい。いつかもっと、深く……）