天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

浮遊岩群『天上の滝』（２）

　邪魔者に気付いたのだろうか？　不意に、カラスたちの何割かが群れから分かれて飛び立つと、一斉にこちらへと向かって飛んでくるのが見えた。
「うわ、こっち来た、たくさん来たー！」
「私たちは、テオを守りましょう！」
　瞬く間に、カラスの群れは黒い壁となって立ち塞がる。彼らの狙いは悪魂石の欠片、そして次に、この場では最たる重要人物……重要猫である、テオのようだ。円と輝夜は、ぎゅっと胸へ抱き込んでかばったり、危なくなればお互いにパスし合ったりと、テオを守る。
　とはいえ敵は多く、彼らは小ずるいカラスたちだ。
「おいっ、無茶するな……っ、おわーっ！？」
「てっ、テオが落っこちたーーー！？」
　慌てたテオが身をひねった拍子に、つるんっと足が滑り、ひゅるるるる……彼は宙を舞う。
「……クルクルマジック！」
「うわっ」
　頼もしい同行者たちを募った判断は、誤りでは無かったようだ。落下する彼の首根っこをがっしと捕まえたのは、クルジッカ・ヘルマゴルだった。
　と言っても、実際にテオを掴んでいるのは、彼女自身の手ではない。ろっこんによって操作されている、手袋だ。
「さあ、空中戦の始まりですよ～テオさん！　ここは力を合わせて、カラスを迎撃しましょうっ！　あ、終わったらワタシにも、モフらせてくださいね～？」
「お、おい待て、何を……」
　いつもの力を発揮できず、無力を噛み締めるテオを慮って……かどうかはさておき。どばばばば、と羽音を響かせ迫る群れを前に、
「ちょ、待てやめ、うおおおおおお！？」
「てぇーーーいっ☆」
　クルジッカ＆テオは、華麗な協力攻撃を披露！
　まぁいかなる技かを端的に表現するなら、ろっこんによる念動力で手袋を操作し、テオを引っつかんだまま、カラスめがけて思い切りぶっつけた。ごっちーん！
「どうですか、ワタシたちのコンビネーション！　名付けて、『Ｆ・Ｔ・Ａ（フライング・テオさん・アタック）』！！」
「ばばば、バカやろーっ！！　何てことしやがる……」
「うんうん。みんなと一緒に戦うことができて、テオさんも大喜びですね♪　ではご好評にお答えしまして、二発目行きまーーーす！！」
「うわーーー！？」
　ちなみに、彼女に悪気は一切無い。１００％・善意からの行動であったという。
　必殺のＦ・Ｔ・Ａは確かに強力ではあったが、何しろ相手は無数で、焼け石に水だ。何とか群れを切り開き、欠片のもとへとたどりつかなければならない。
（急がないと……！）
　小山内海のろっこんはこんな時に、なかなか便利だ。背中の翼にはまだまだ慣れずとも、しゅぱん！　と筆を走らせ描いた軌跡に乗れば、ある程度自在に宙を駆け抜けることができた。
　小さな浮遊岩の上を転々と、軽快に飛び移りながらに、
（！　テオ、あぶないっ……！）
　筆談で伝える余裕は無く、声をかけることもできない海は、代わりに筆を振るって、空中へ虹色のラインを引く。手近な小石をその上に滑らせれば、投石機のごとく射出されたふたつの石は弧を描いて飛び、狙いぴったり。が、がん！　と、テオに迫る二羽のカラスを打ち据えた。
「おおー、助かりました！　ありがとうございます～、ワタシたちも負けてられませんね！　いきますよ～テオさん！」
「やめろおおおおおお」
　びゅおおおお、ごっつーん！
　冷たい水飛沫が頬をなぞり、海はふと、頭上から降り注ぐ雄大な滝を見上げる。
（……後で、スケッチしたいなぁ）
　この場を切り抜けることができた、その時には……そんな楽しみなひと時に、少しばかり思いを馳せてから。
　海は再び、しゅばばっ！　筆を振るい、二筋の虹の軌跡へ乗せて、小石の弾丸を発射した。