天使と悪魔のロマネスク｜リアクション

天使と悪魔のロマネスク

桜の名所『桜源郷』（５）

　万年桜に囲まれた宴会場には、一見してどこの国のものやら分からない、しかしながら実に美味なる料理、酒の数々が用意されている。そして、それらの提供を一手に引き受けているのが……ぴょこん。ぴょこぴょこ。頭に特徴的なアホ毛が揺れる、ひとりの女神さまだ。
「さあさあみんな、たーっくさん食べて飲んで、楽しんでね♪　ほらほら、下界から来たみんなも！　遠慮しないで、どんどん食べてー！」
　じゃじゃっ！　と軽快に大鍋を振りながら、女神さまはにこにこにこ。開けっぴろげな笑顔で、人間たちをも歓迎してくれた。
　女神さまの作る天界料理は絶品、頬が落ちそうなほど……なのだが、宴会の盛り上がりに比例するように、彼女は大変に忙しそうにしている。もっとも、それすらも楽しんでいるような、底抜けのまぶしい笑みではあったが。
　ともかくそれを見かねて、中には、手伝いを申し出た者たちもいた。
「ありがとう、とっても助かるわ～♪」
「……いや。構わない」
　バーテンダー、藤堂静もそのひとりだ。
　普段は静かな店で淡々と、名前の通り寡黙にバーテンをこなす静だが、今日の彼はと言うと、その仕事ぶりは一味違った。
「うわあ、すごいすごい！」
　ウィスキー、ジン、アブサンなど、ボトルを次々に空中へトス……その数、５本以上！　華麗なジャグリングをこなし、それらを受け取ってはシェイカーへ注いでいく。軽く振ったら、今度は腰をひねり、背中を通してシェイカーを天高く投げ上げる。難なくキャッチしたところで、テーブルに並べた幾つものグラスへ流れるように、一気に注いだ。
　フレアバーテンディング！　静の秘めた特技であった。目を惹く鮮やかなイエローがグラスに揺れて、
「アースクエイクだ。ナマズの神にちなんでな」
「おお、こらぁ洒落とるのー！」
　ぐいとグラスをあおったナマズの神さま、パンチのあるお味と香り、高いアルコール度数に、くらくらしつつも満面の笑み。どうやら、気に入ってくれたようだ。
「いつもはあまりやらないが……ナンバーズ・フレアも得意なんだ。注文があれば、何でも振舞うぜ」

　ナマズ神のアースクエイクを皮切りに、静はそれぞれの神さまたちにちなんだカクテルを提供していく。羽衣を纏った、万年桜の管理人だという和装の神さまには、チェリーブロッサムを。可愛らしい犬の頭を持つ犬神さまには、カルーア・ミルクを。
　熱心に働くアホ毛の女神さまには、
「あんたには、ノンアルコールが良いだろうな」
「あっ、私にも作ってくれるの？　ありがと、嬉しいな♪」
　フルーツジュースを混ぜ合わせた、甘くて美味しいシンデレラを。
　そして、
「私も！　私にも、お代わりくださいな～」
「……ちょっと飲みすぎじゃないか？」
　酒好きな神々と飲み比べなどしているのは、恵御納理沙。日本に帰化した元ドイツ人の彼女には、イェーガー・トニックを。
「んく、んく、んく……ぷはぁ♪　大丈夫よ～、私、お酒の強さには自信があるの～」
　理沙もまたその言葉通り、相当な酒豪ではある……しかし、空けたグラスは既にかなりの数に上り、さすがにいささかハイテンションになっているようだ。
　カクテルをぐぐいと一気に飲み干すと、
「は～い！　私も一発芸、やりま～す♪」
　と言って唐突に、ぺろんっ！　と服をめくってお腹を露出し、男性諸氏をひとつぎょっとさせつつ、取り出したサインペンできゅきゅきゅ、きゅきゅっ。
「腹芸～！　えいっ、にゃあっ！」
　お腹の真ん中で、コミックタッチの可愛らしい子猫が、くねくねくね……と言うほどには、あまりうまく動かせてはいなかったものの。
「……ぶはははは！　お嬢ちゃん、面白いのう！　ええど～、もっとやりんさい！」
「ええ、頑張るわ～！　えーいっ、うにゃあ～！」
　ヒレをべちべちと叩いて拍手喝采、少なくとも、ナマズの神さまには大ウケであった。