ストリーミング・ドリーマー｜リアクション

ストリーミング・ドリーマー

　流れる漆黒の髪は風に従い、ふわりと揺れた。
　深緑薫るベンチに深く腰掛けた女の姿を目にして勅使河原悠は自分なのだと直ぐに気付く。

　今の自分よりも幾分か大人びてはいるものの面影は十分に感じられる。姉ではなく自分なのだと気付いた悠は俯瞰したまま『自分』を見詰めているのだとぼんやりと考えていた。
　分厚い装丁の本を手にした女はゆっくりと頁をめくる。ほっそりとした白い指先は迷うことなく先へと進め、ブラウンの瞳がゆっくりと文字をなぞっているのが見てとれた。
（私……何して……？）
　ぼんやりと見つめた悠の視界に、ベンチへ向かう人物が見える。
　ゆっくりと歩を進め、『未来の自分』の隣へと腰掛けた人物は今にも泣き出しそうな顔をしていて。
　どうしたの、と声をかける事も出来ないまま上空からその様子を眺める悠は唇を引き結んだ。
「どうか、したんですか……？」
　色付く唇が柔らかく声を発した。項垂れた登場人物が誰かを悠は知らない。それでも酷く落ち込んでいるのだと彼女は直感的に気付いた。
　未来の自分は『泣きだしそうな人』に優しい声をかける事ができるのだと驚くと同時に悠は息を飲んだ。
　悲痛な叫びにも似た相談はＳＯＳなのだろう。自分なら臆病になって逃げてしまうのかもしれないと視線を逸らす。
　ちくり、ちくり。胸を刺すように痛い言葉に悠はぎゅ、と胸元を握りしめた。
「それは――……」
　考え込む様に息を飲んだのは未来の彼女とて同じ。慈愛の色を湛えた瞳は優しく細められてゆく。
『今』の悠が不安に思った事を、『未来』の悠は困難を乗り越える方法を伝授する。
　愛用する梅花心易を鞄から取り出す未来の彼女は話しをよく聞き、瞳をゆっくりと伏せった。
（あれ……私も持ってる、未来の私も……、まだ、使ってるんだ……？）
　古びた背表紙をぽん、と叩いた彼女は言葉にする。その結果を、涙を湛えた知らない誰かの背を撫でながらゆっくりと言い聞かす様に彼女は云う。
「だから……大丈夫ですよ」
　きっと。きっと、大丈夫。
　重ねて言葉にするのは何時の日かそうして相手を落ち付かせた祖母のようで――悠は息を飲む。
　記憶に鮮明にあった祖母の姿と未来の自分が重なって見える。
　花咲く様な笑みを見せた話しこんでいた人がゆっくりと立ち上がり何処かへと消えてゆく。
（私……お祖母ちゃんに憧れて、お祖母ちゃんみたいになりたくて……だから、梅花心易を勉強し始めて……）
　考え込む様な仕草を見せた悠の理想がそこにはあった。あんな風になりたいと祈るように瞬く彼女の前へとゆっくりと歩み寄る着物の男性が姿を見せる。
　彼を見詰めた未来の彼女は笑みを浮かべ――そこでふと、目が覚めた。
「私……いつか、あんな風に、……ううん、あんな風になれる様に、頑張らなくちゃ」
　記憶に残った『理想』を思い返して悠はふと首を傾げる。最後に見えたあの姿は誰だったのか。
　それは『今』の彼女には知る由もないことだった。