R&R Agency：File01：春の肖像｜リアクション

R&R Agency：File01：春の肖像

● 夕刻、遙幻庵

　日暮れにはまだ間があったが、遙幻庵では降霊会の準備が行われていた。
　鞠の強い希望で、夜を待たずに行われることになったのだ。
　場所は飛鳥と梨樹が幽霊を見たアトリエ。呼び出すのは男の霊だ。
　アトリエにはテーブルが持ちこまれ、黒っぽいテーブルクロスを掛けたのちに蝋燭が置かれる。
　調査拠点である食堂では、ちくわのパイプを斜めにくわえたすばるが、各部屋の計測結果と図面とを、真剣な顔で見比べていた。修との通信を終えた夏夜が、皆に箱根や事務所の面々が知り得たことを伝える。さゆると飛鳥と梨樹は、修が送ってくれた写真、画集、見つかったスケッチブックとを見比べて、遙幻の有名な作品のいくつかが春子の母フユをモデルに描かれていることを突き止めた。
　サキリが食堂に戻って来て、特に問題なしと告げる。
「雪村さんは大丈夫？」
　サキリは、ソファに座る鞠の顔色が優れないのに気づき声を掛ける。
「あ……恐れ入ります……仕事の前はいつも緊張するので……」
「無理はしないでね。僕達も学生だ、お互いに肩肘張らずにやろう」
「はい……」
　鞠の座るソファの背凭れに軽く尻を乗せ、子ども部屋で見つけた人形を弄びながら、如月庚は鞠に尋ねる。いや、尋ねるというよりはひとりごとか。
「昼に出る男の幽霊ってのは……十中八九、春子さんの父親だろう……夜に出る女の幽霊は春子さんの母親か……そういや以前温泉旅館で『生霊』ってヤツに会ったが……まさか……な……」
「生霊では、ないと思います……」
「わかんのか？」
「なんとなく……」
　壁に凭れて庚と鞠のやりとりを聞いていた薄野九月がぽつりと言った。
「幽霊さんって何かの未練があるからあの世に行けずにこの世に残っているんだよね」
「な、何か気になるんですかー？」
　いまや箸が転がっても悲鳴を上げそうな顔の屋敷野梢が、不安そうに九月の腕を掴む。
「もしも幽霊さんが春子さんのお父さんとお母さんなら、どうして二人一緒の時間じゃないんだろう？　お互いに会えないの、寂しいよね……」
「そうだ……俺もそこが疑問だ……何故だ？」
　庚は鞠を見つめるが、鞠は首を振るばかりだ。
　おやつだという自作のするめをしゃぶっていた握利平が鞠に言った。
「幽霊のやつが出たらさ、春子婆ちゃんに言いたい事とかないかきいてくれよ」
　鞠は頷いた。
「今のうちに質問したいことをまとめておいていただけますか……私は降ろすだけなので……」
　おうとも、と利平が皆の意見をメモにまとめる。九月はキャスケットをきゅっと掴んで言った。
「幽霊さんがここに残っている理由とか分かるといいですなー」

　準備が整い、鞠がアトリエに入った。
　全員が部屋に入ると霊が降りづらいかもしれないということで、降霊会に参加するのは宮辻新也、芹沢梨樹、九杜アメ、桜庭円、朝鳥さゆる、常闇月、鞠の計七名とした。
　夏夜のカメラは部屋の隅に固定しておくなら、と許可された。昼間設置したサーモカメラもある。
　月は例の大きな鞄を抱えていた。
「雪村さん、改めまして常闇と申します。今回はよろしくお願いします。鞄の中身、ですか？　今回の仕事道具と思っていただければ……もちろん、武器などではありませんのでご心配なく……私はこれと一緒に窓際に控えさせていただきます」
　残りの面々は食堂に控え、パソコンの画面で映像や温度の変化を観察する。
　すばるはまだ図面と格闘している。
　晴海飛鳥は、寝室を見てくるとカメラを手に階段を上って行った。
　続いて尾鎌蛇那伊が、居間で瞑想をすると言って食堂を出てゆく。

「何が起こるかわからない以上、想定外の事態が起きた時にすぐ動ける人間が居ないと拙いでしょうからね」