【終業式】始めようと思ったときが始まり｜リアクション

【終業式】始めようと思ったときが始まり

【通知表のある風景〔二年二組編〕】

　同じ頃、二年生の教室でも、一年生のそれと同様に通知表の配布が行われていた。
　一年生の教室に比べて、二年生の教室はやや大人しい。
　もう二年目で目新しいことが何もないということに加えて、少しずつ来年には受験生という自覚が強まってくることも影響しているのだろう。
　だが、そんな比較的静かな二年の教室群のなかで、一つだけ少し騒がしい教室が存在していた。
　大天使天吏の在籍する二年二組の教室である。
「……」
　その日、天吏はきちんと前を向いて席に座り、教壇に立って通知表を配る前に冬休みの注意事項などを語る担任――伊東大志の言葉に熱心に耳を傾けていた。
　少なくとも、クラスメイト達の目にはそのように映った。
　そして、それゆえにクラスメイト達は困惑していた。

（大天使さんが、ちゃんと前を向いて、先生の話を聞いている……！）

　それは以前の大天使天吏をよく知る者からすれば大変に衝撃的な光景だった。
　誤解のないように言っておくと、彼女は別に成績が悪いわけではなく、むしろ数字だけ見ればすこぶる優秀な生徒ということができた。
　具体的に言えば、期末考査の全教科の平均点は８９点であったし、授業態度も話を聞いていないことを除けば静かで、当てられれば正確に答えるといった優等生ぶりだった。
　ただそんな彼女の唯一の問題点がまるで教師の話を聞いていないということだった。
　いつもどこか上の空で、気がつけば窓の外の鳥ばかり目で追いかけている。
　それが天吏に授業をしたことがある教師達の彼女に対する共通の見解だった。
　ところが、今日の彼女はというと、ちゃんと教壇に立つ伊東の話を聞いている。
　それどころか、時折、これまで髪の毛一筋ほどの興味を抱いている様子も見せなかったクラスメイトたちの方をちらと見やり、あまつさえ目が合うとにこやかにほほ笑んだりする。

（怖ッ……！？）

　大多数の生徒がそう思っていた。
　あまりのビフォーアフターぶりに、一部の生徒の間では別人格が乗り移ったのではないかという噂も立つほどだった。
　やがて、伊東の冬休みの諸注意が終わり、通知表を受け取る段階になっても天吏の態度は変わらなかった。
「はい。大天使さんは前学期も優秀でしたが、今学期はさらに成績が伸びましたね。素晴らしいことです」
「ありがとうございます。先生のご指導のおかげです」
　伊東の一言コメントに、にっこり笑って天吏が応じたものだから、その瞬間、二年二組の教室は騒然となった。
　騒がしくなった教室の空気をパンパンと手を叩いて静まらせてから、伊東が穏やかな声で続ける。
「これからも頑張ってもください。……それから何か不安や心配事があるなら、いつでも職員室に相談に来なさい」
「はい」
　天吏はやはり微笑を浮かべながら通知表を受け取ると、そのまま表情を変えずに席に戻った。
（……何か不安に思っているように見えるとするなら、もう少し仮面に改善が必要ね）
　天吏は、一瞬だけ素の表情に戻り、心の中だけでそう呟いた。
（もっと『フツウ』の人間らしい行動を勉強しなくちゃね。いざというとき、誰にも邪魔されることなく行動できるように）
　時折聞こえる「あの子、性格変わったよね？」という声にもしれっとした笑顔を向けて、大天使天吏は自身につけた『フツウ』の仮面を被り直すのだった。
　そうしているうちに、大天使天吏は真面目な生徒に更生したのだという噂が広まることだろう。

（ふふ。人間って本当に愚かね……）

　放課後、校門を出たところで校舎を振り返りながら、大天使天吏は自分を含めた全ての人間の愚かしさに「うぷっ」と噴き出しそうになりつつ、一人静かに帰路につくのだった。