【終業式】始めようと思ったときが始まり｜リアクション

【終業式】始めようと思ったときが始まり

【一年の汚れを駆逐せよ〔図書室編〕】

　綾辻綾花は図書委員の仕事の一環として、図書室の掃除に向かうために北校舎３階の廊下を歩いていた。
（図書室は本を愛する者にとって、とても大事な場所ですから。一生懸命に掃除しないと）
　決意を胸に、綾花は図書室の扉をガラリと開く。
「まだ誰も来ていないみたいですね」
　しんと静まり返った図書室の空気に、綾花は少し微笑む。
　本が好きな人間にとって、図書室や図書館の静謐さはどこか心地よい。
　目まぐるしく動く教室の空気も嫌いではないけれど、やはりどこか落ち着かない。
　そういった人間にとって、図書室は憩の場である。
「来年も、誰にとっても気持ちよく使える図書室にするために、図書委員の一人としてしっかりと掃除しないといけませんね」
　綾花は小さく呟くと、まずは溜まった返却本を処理して、元の本棚へと戻す作業から始める。
　図書室は本があってこその図書室なのだから、貸し出される本はいつでもきちんとあるべき場所にあらねばならない。
（やはり本に囲まれていると落ち着きますね）
　本の山を抱えて、書架の間を行ったり来たりしている時間が綾花にとっては小さな幸福の時間だった。
　そうして、本を棚に戻しているうちに、ほかの図書委員の生徒達もぞろぞろと図書室にやってくる。
「あ、綾辻さん。早いねー。相変わらず真面目ね」
「いえ、そんなことないですよ」
　微苦笑を浮かべつつ、綾花は後から来た生徒達にも手伝ってもらいながら、てきぱきと返却本を片づけていく。
「これで返却本は全て棚に戻しましたね。それでは引き続き大掃除を始めましょう」
「うん！」
　綾花の声かけで、図書室の大掃除が始まった。
　基本は教室の掃除と同じで、箒による掃き掃除、机や窓ガラスの雑巾がけなどがメインだが、本の並びの整理や、蔵書のチェックなど図書室ならではの仕事も多々ある。
「来年も気持ち良く読書ができるように、机やカウンターも念入りに掃除しましょう」
　学校の掃除といえば、作業感が強く、おざなりに済ませる生徒も少なくないなかで、綾花は図書室を利用する生徒のために、何より本が大好きな自分自身のために、最初の宣言通りに一生懸命掃除をした。
「天気が良いので、換気もしておきたいですね。あ、すみません。こちらの荷物を運ぶのを手伝って貰えますか？」
　綾花は手先が器用で、家事や掃除は得意だが、運動や力仕事は得意ではない。
　だからこそ、必要なときはほかの生徒の手を借りつつ、適材適所でテキパキと仕事を進めていく。
　小学１０年生レベルのやんちゃ坊主も多い寝子高であるが、今年の図書委員の面々はおおむね真面目で、掃除はかなり順調に終わった。
　綾花が最後まで残って、掃除の総点検をしているとふらりと司書教諭の早川珪が図書室に現れた。
「お、凄い。随分と綺麗に掃除してくれたみたいだね」
「あ、珪先生」
　綾花は早川がやってきたことに気づくと、点検の手をとめてパタパタと彼に近づいていく。
「どうでしょう？　掃除はこんな感じで大丈夫でしたか？」
「うん。正直、ここまで綺麗にしてくれるとは思ってなかったから驚いているよ。ありがとうね、綾辻さん」
「い、いえ、一生懸命に手伝ってくれたみんなのおかげですからっ」
　早川は、綾花にとってはちょっと気になる優しい先生であり、間近で微笑まれるとちょっとどきどきしてしまう。
「先生。今年は色々とお世話になりました。来年もよろしくお願いします」
　綾花はそう言って、ぺこりと早川に頭を下げた。
「綾辻さんの方こそ、今年は図書委員としてよく頑張ってくれたね。こちらこそどうもありがとう。来年もよろしくね」
「はい」
　綾花はにっこり笑ってもう一度頭を下げ、それからゆっくりとピカピカになった図書室を後にした。