FEAR THE FORCE：前哨｜リアクション

FEAR THE FORCE：前哨

　――二度目か。
　七枷陣にはどうしても、忘れられない過去がある。
　その過去を定義するのは、激しい後悔とまではいかないが、それでも、もう少しうまくできたのではないか、という忸怩たる思いだった。
　ネットで『過去と向かい合うのは愚か者のすること』というメッセージを目にしたそのとき、彼が真っ先に思い出したのはこの記憶だった。
　少し前のことである。夜のことだった。
　エスニックショップで売られているお香のような匂いから目覚めたとき、陣はその場所、その時間にたどりついている。
　――よし、今度はちょっと早い。
　陣がたどりついた場所は、目的とする公園ではなく、その外周だった。
「どこや……」
　見回す。
　――確か、ワゴン車があったはずだ。ある進学塾の名が入った……。
　どんな色の車だったかまで、陣は確認していない。あのとき、そこまで意識しなかったからだ。
　事件は、暴漢の集団に一人の中年サラリーマンが襲われ大怪我したというものだった。しかもその犯人はいずれも小中学生だった。
　惨劇の舞台は、旧市街にある暗い公園である。被害者のサラリーマンは、ある出会い系サービスで知りあった少女との、援助交際の待ち合わせ場所としてここを訪れたのだ。ところがこれは俗に言う『援交狩り』だった。援助交際の話自体が罠だったのである。
　子どもたちは正義の名の下に男性を襲撃し、バットや鉄パイプで重傷を負わせた。たまたま発覚したのが最近なだけで、彼らはこれまで、このような私的制裁を何度か繰り返していたらしい。
　陣はこの事件の解決を試みた。結果から書くと、確かに『解決』したとはいえよう。犯人たちはすべて警察に引き渡された。
　だが陣が関われたのはそこまでだった。事件の本質は曖昧になり、犯人の子どもたちもどうなったのかはわからない。
　とりわけその後のことが気になったのが、囮役をつとめていた少女である。
　彼女は冷然と、どこか狐のような雰囲気をしていた。彼女自身、過去に大人の男性から、性的虐待を受けた過去があると言うことだった。だからといってやったことが許されるとは陣は思わないが、それでも、もっと彼女を救えるような解決があっていいはずだったとは今でも思っている。
　今、陣が探しているワゴン車というのは、犯人の少年たちを運んでいた塾講師が乗っていたものだ。
　こともあろうにこの講師は、子どもたちが制裁した被害者の金銭をこっそりと着服していた。少年たちが被害者の財布を奪ったのは、個人情報を抑えて報復を封じるために過ぎなかった。それをうまく利用していたわけだ。ある意味、もっとも罪の重い男である。
　――先に、その講師だかなんだかの身柄を押さえてしまえば、あるいは……。
　しかし陣は、ワゴン車が捕捉された場所にいたわけではない。
　公園の外にはいくつか駐車車両があり、すぐに特定できるものではなかった。
　そればかりか、数十メートル先で、
「はいー？」
　という声がしたのだった。白いワゴン車が停まっていて、その運転席の窓を開け、男が白衣を着た女性と話し始めたではないか。
　直後、運転席の男が大きな声を上げて運転席から飛び出してきた。
　どうやら催涙スプレーをかけられたらしい。
　この直後、男が身柄を確保されるのを陣は知っている。
　だとしたら……自分が拘束しようが他の人がしようが、結果は同じではないか。
　――あかん、そもそもこの場面に来たのがあかんわ！

　毒づいて陣は、意識を取り戻した。
　やはり彼は洞窟にいた。
　香草のような香を嗅いで、あの日の場面に戻るのは、実はこれが二度目だ。
　一度目は、決定的な瞬間に戻っていた。子どもたちの暴力を止めようとした。
　ところが結果は前回と同じだった。言葉を変えてみたものの、効果はなかった。
　それで今度は場所とタイミングを変えてみたわけだが……やはり五十歩百歩だったというわけだ。
「誰が、このカラクリをやっとンのか知らんけど……」
　陣は天井を見上げて言う。
「もう一回！　もう一回頼むわ！　もう一回だけ、過去に向かい合わせてくれ！」