FEAR THE FORCE：前哨｜リアクション

FEAR THE FORCE：前哨

　――不覚を取った！
　新聞部は立場上、あまりに多くの情報が入ってくる。豪雪地域で吹雪が開けた朝、軒先に積もっている雪のよう、といえば伝わるだろうか。戸口が開かないほどの雪、いや、取材に乗り出せないほどの情報量なのだ。とりわけ部長といえば、その量たるや半端ではない。
　それを言い訳にできるわけではないが……八神修はAmritaに接するのが遅れた。
　痛恨のミスだと我が身を責めたくもなる。山のように来ているメールの中から、彼が自分宛の『野々ののこに会いたければ』からはじまる文面を見つけたのは、指定された日の当日、それも、わずか数十分前だったのだ。たまりにたまったメールを分類していて、ようやく発見したのである。
　とはいえ修の心のファイルボックスは、溢れかえる情報に埋もれていたりはしない。きちんと整理ができている。
　だから彼はこの送信者が、ねこったー上で話題になっていたAmritaと同一であることにはすぐに気がついた。
　幸い、鼻岬への取材は考えていたので準備はできている。ただ惜しむらくは、他の新聞部員に動員をかけられなかったことであろうか。鼻岬へは単独取材しか予定していなかった。ののこにまつわるこれほど大がかりな事件だと知っていれば、総動員で挑んでもよかったはずだ。
　……とはいえ、今からでは新聞部員に動員をかける時間もない。来れる人は来てほしいとメールだけは出したが、決定的瞬間に間に合う部員がいるかどうかはわからない。
　それに……新聞部長という立場ではなく、一人の八神修として、彼にはより気がかりなこともあった。
　七夜あおい。
　ののこの親友あおいが、いまごろ焦燥のただなかにあることは容易に想像できるではないか！
　電話をかけたがつながらない。メールも、返信がない。海外にでも行っているかのように。
　きっともう、洞窟に向かっているに違いない。
　――本来なら俺が、洞窟の入口であおいを待っているくらいであるべきだった。

　俺まで置いていくなんてないよな？　そう笑いかけて、彼女の力になりたかった。
　とにかく用意してあった装備品を担ぎ、修は道を急いだ。バイクが手元にあれば――と思う。不幸な偶然により、現在修はバイクを修理に出しているのである。でなければ、鷹取洋二先輩みたいに『加速そーち』が付いているとか……いや、あれは先輩の強固な思い込みだったか。
　それにしても……信じられない。ののこを忘れるなんて。
　日々の日記に、あおいとの記憶に、彼女がいるはずなのだ。
　記憶操作などという単純なものではないような気がする。ブレて気付かない自分ではない――修には自信があった。
　とすればそれこそ、ぐるっと全員、『野々ののこが存在しない』に飛ばされていたというのだろうか。そしてようやくこのとき、修はその世界の偽りから目が覚めただけなのだろうか。
　――いや、もしかしたら。
　修は瞬間的に、その思考を打ち消した。
　本来は、『野々ののこが存在しない』世界のほうが正しくて、今自分たちは、『野々ののこという人間がいる』という幻覚を見せられている。あるいは、偽りの世界に足を踏み入れてしまっただけなのでは――。
　そんなはずがない、と改めて修は自分に言いきかせた。
　だとすれば、あおいとの記憶もそのかなりの部分が偽りだったということになってしまう。
　そんなはずがないのだ。
　あってたまるか。