起：いよいよ開場！　準備はOK？

　――ネコミケ１日目・開場前。

　朝早くから並んでいる者も多く、少し賑わう会場付近。そこに姿を現したのは……何故かホッケーマスクを被った女性……？　であった。

　何かの液体（緑や水色）がスプラッシュしたジャケットに、同じようにやっぱり何かがスプラッシュしてる（作り物の）斧……という姿で麻縄で引きずってるのは人型っぽく整形されたずだ袋二つ。
　……妙にシュールである。実にシュールすぎる光景である。
　その上、服装がウサミミ＋ミニスカ＋白ニーソ、である。ウサミミ＋ミニスカ＋白ニーソ、である。物凄く違和感バリバリで重要なのであえて連呼させていただいたが、これを見た者たちは皆思った。

　――（色んな意味で訳わからなくて）コワイ！

（何度注意をしても早く人気サークルの頒布物が欲しいが為に徹夜をする者が絶えないようで……。まぁ、数は減っているようですが）
　その正体は檜扇 舞華。彼女はバックに物凄く恐ろしいオーラを漂わせながら列を通り過ぎていく。そして口から漏れるのは呪詛のような「悪い子イネガー」「徹夜転売撲滅当然」という呻き声にも似た声。心当たりある人間は妙に後ろめいた気持ちになった事だろう。まぁ、何を言っても知らぬ顔をする者も少なくはないのだが。
（マナー向上の宣伝ということで、ネコッターで拡散しちゃってー）
　と、スマホを弄る人々を横目にしながら警備担当の人に参加証を見せ、「お仕事お疲れ様です」と丁寧に頭を下げて会場へと消えていく。因みにずた袋で表現されているのは「それぞれ徹夜組と転売厨よ！」なのだそうな。
　そんな彼女に対し飛んできたのは「兎山！？　兎山じゃないかー！」という声援。それに対し「兎山いうなーっ！」と反論するがこれはまぁ、お約束なので特に気にしなくていいだろう。元々コスプレしているキャラクターの持ちネタ（？）である。

（……これはまた……）
　その様子をみていたのは、斉田 珠喪。彼女もまたサークルでの参加である為、会場に入った所であった。
　実を言うと、珠藻は個人で『WHFO』というサークルを運営している。同人界隈ではジワジワと人気爆発中のサークルでファンも割りと存在している。夏のネコミケは諸事情で参加できず、ファンを失望させてしまったものの、冬のネコミケには何とか受かる事が出来て本当に嬉しく思う。
「さて、準備に取り掛かるとするかの」
　珠喪はそういってあらかじめ準備されていた机を立て、会場に納品されていた作品をどう陳列しようか頭を働かせる。
　彼女が出すものは、ブログやねこったーに定期的にアップしているオリジナルの漫画『天想マリア』。これについては……また後ほどご紹介しよう。
　ともかく、久々のネコミケ。これで少しでもファンがふえたらいいのぅ、と思いながら準備に取り掛かる珠喪であった。
　そんな彼女が顔を上げると、目の前を見たことのあるような女の子が通ったような気がした。同じ寝子高に通う子なのかもしれない。
（まぁ、知り合いも１人２人おるじゃろうて）
　これはこれで縁があるものじゃ、と珠喪はくすくす笑うのだった。

（ふふ、ついにこの日がやってきたわね！）
　伊藤 恵美は燃えていた。渾身の新作を多くの人に読んでもらいたい、と燃えていた。その傍らでは娘である伊藤 佳奈がテーブルを立て、準備を開始する。
　今回、恵美が用意した物の中で一番のおすすめは『希望戦士ニャンダム』シリーズの最新作『鋼血のオーファンズ』（毎週土曜夕方放送中。主人公が潔すぎる事で有名）の本。ヒロインである革命家の乙女クーデレアと主人公が所属する『鋼華組』で料理を担当するニャトラをメインとした『幸せ家族計画』というタイトルである。
「タイトルはなんだかアレだけど、主人公、朏をめぐるクーデレアとニャトラの恋愛模様を面白おかしく描いた全年齢対象作品。小さなお子様にも安心よ！」
「……お母さん、空に向かって何言ってるの？」
　空に向かってびしぃっ、と指を刺して宣言する恵美に、自然と突っ込みを入れる佳奈。彼女はふぅ、とため息を吐きながらわくわくモードの母親を見つめた。
（いつも売り子をしてくれてる人が結婚して新婚旅行に行ってるとかでお手伝いに駆り出されたんだよね。……あれ？　でも、確か夏も手伝わされた気がするんだけど……）
　はた、と手を止めて思い出すものの、売り子のコツは夏のネコミケで掴んでいる。「まぁ、いっか」と笑い、今回もきっと大丈夫、と１つ頷いた。
（結局のところ、お小遣いもでるからって事で手伝ってるんだよねー。夏のときも結構もらえたし♪）
　恵美と共に準備をしつつ思い出していると、ぽん、と手を叩く音。恵美は道具を色々取り出し、サークル参加者へのマニュアルを読んでいた。
「更衣室はあっちなのね。ちょっと着替えてくるから、準備とかよろしくね～」
「はーい」
　恵美はドレスを抱えて更衣室へと向かっていく。その背中を見送ると佳奈はお釣りの確認をし始めた。
　戻ってきた恵美が纏っていたのは、赤いドレスだった。作中でクーデレアがよく纏っている物である。その姿を見た佳奈は胸の中が少しもやっとした。
（ドレスっぽい服、似合ってるなぁ。お母さんは胸もあるし、どうしてそこは似なかったんだろう？）
　そう思いながら佳奈は自分の身体を見る。程よく筋肉がありしなやかな身体。武道を嗜むにはちょうどいいのかな、と思う一方女性らしく成長したい、とも思う複雑なお年頃なのだ。
（で……、でも、まだまだこれからだよね、きっと！）
　今は、そう強く思い事にした。がんばれ、佳奈！　君はまだまだ成長期だ！