守護霊が見える日｜リアクション

守護霊が見える日

　７　姉との再会

「守護霊じゃよ」
『ＴＡＢＥ＝ＴＹＡ＝ＤＡＭＥ』のホールで青いセキセイインコ、わたげと遊んでいた深倉理紗子は、写真を撮ろう、とわたげに向けていたスマートフォンから目を離した。
　理紗子は今日、復職した仕事の気晴らしに店に来ていた。この店を紹介してくれた有名交響楽団所属のヴァイオリニストである親友は一緒ではない。年末のこの時期、クリスマスや年末の第九、年始の新世界等のコンサートの予定が詰まっていて遊びに来ている時間がないのだ。
　彼女にはわたげの写真を撮って、送ってあげようと思っていたのだが――
（守護霊？　何のことかしら……）

　わたげを手に乗せて、話をしている森宮檎郎達に聞きに行く。
「あの、今の話って……」
「あ！　すみません！　仕事中に私語をしてしまいました！」
「いえ、それはいいんですけど、守護霊って……」
　訊ねると、檎郎は困ったような顔で傍の老人に目を遣った。老人は、理紗子に説明してくれる。
「守護霊が、人の目に見えているんじゃよ。わしも霊じゃ。ほら、あんたの後ろにも……」
「……理紗子」
「……！？」
　聞き覚えのある声が背後から掛かり、理紗子はどきっとした。体が硬くなる。手の上で羽繕いをしていたわたげが、どうしたのと言うように見上げてくる。
（まさか、そんな……！）
　恐る恐る、振り返る。いつの間にか、自分が座っていた席の向かいに決して忘れられない人物である姉の紗智子が座っていた。姉は確かに４年前、２７歳の時にくも膜下出血で亡くなった。それが、なぜここにいるのか。
「そんな……どうして……」
　夢で会ったのとは訳が違う。これは、現実だ。現実に、なぜ姉が現れるのか――
『守護霊じゃよ』という先程の言葉が脳裏に響く。
「…………」
　頭が真っ白になって、しばらく何も考えられなかった。それでも、心は働いている。理紗子の目から、熱い涙が零れ落ちた。
「お姉ちゃん……」
　呼びかけるのが精一杯で、立ち尽くしたまま席に座ることもできなかった。
「――理紗子、久しぶりね」
その彼女に、紗智子は優しく微笑みかける。
「……うん……」
「そういえば、この前お誕生日を迎えたのね。……２８歳か……。私より年上になっちゃったのね。もう、お姉ちゃんとして振舞えないから、今度は私があなたに甘えようかな？」
「だめだよ……。こんなに泣き虫なのに……わたし、お姉ちゃんのお姉ちゃんになんかなれないよ……」
　姉の言葉に、ますます涙腺が緩む。２７歳以上にはなれない――それを姉本人の口から聞いたことで、お姉ちゃんは死んだんだ、ということが強く再確認されてしまう。
　理紗子は、姉の前で子供のように泣きじゃくった。
　それを、紗智子は暖かい眼差しで見守ってくれていた。彼女の目に、悲しみは全く宿っていない。昔と何も変わらぬ姉が、そこにいた。
「……泣き虫なのを恥じることはないわ。でも……涙に溺れてしまうのはダメよ」
「でも……でも、わたし……」
　目を細めた姉の言葉は、暖かかった。
　ますます泣く理紗子に、紗智子は手を伸ばしかけた。それを引っ込めてテーブルに戻し、しっかりとした口調で妹に言う。
「……大丈夫、理紗子は結構芯が強い子よ。『わたしは気弱』だとか『ヘタレ』だとか言ってるけど、本当に弱気な子がお医者様なんて人の命を預かる仕事につけるわけないじゃない」
「お姉ちゃん……」
　そんなことを言われたのは初めてだった。驚いて泣くのを忘れていると、紗智子は「ほら」と座るのを促してくる。素直に席に着くと、姉はにっこりと笑顔を向けてきた。
「確か、あの時にちゃんと言っていなかったわね。お医者様になれて、よかったわね。おめでとう、理紗子」
「……ありがとう……」
　理紗子は何とか笑顔を浮かべる。泣き笑いのようになってしまったが、それは彼女が心から浮かべた笑顔だった。