守護霊が見える日｜リアクション

守護霊が見える日

　６　闇に近付く少女

　小鳥カフェ＆ホテル『ＴＡＢＥ＝ＴＹＡ＝ＤＡＭＥ』の個室で、大天使天吏はキバタンのモヒートと一緒に遊んでいた。お茶を飲みながら、腕に乗せたモヒートをマッサージして過ごす。鳥からの誘いに乗っているだけで、時間はあっという間に過ぎ去っていった。嫌悪する人間という種が周りにいない状態でオウムとゆっくり過ごせるというのは、天吏にとっては理想ともいえる環境だ。
　だが、そこで室内に人間の気配が混じってきた。ドアを開ける音はしなかった。いきなり現れた、としか言えない感覚。
　誰が……と振り返る。その正体を確認した途端、天吏の険のこもった顔は歓喜の表情に変化した。
「……？　天壌様！」
　大天使天壌は、天吏の曽祖父だ。『近代的鳥類図鑑』を編纂した鳥類学者で、大天使家の地位を築いた男でもある。近代の知識を積極的に取り入れていた気さくな人物で、天吏にとって、彼は尊敬の対象だった。死んだ人間が目の前に現れたことには喜びしか感じない。会ったことはなく、写真で見ただけの人物が、今、目の前にいる。
　天壌は貫禄ある動作で隣に座る。モヒートが彼に近付き、「びよ」と言った。
「いい鳥だな」
　モヒートに笑みを向けてから、彼は天吏に言った。
「今日は守護霊が人の目に見える日のようだな」
「守護霊……では、天壌様は私の守護霊をしてくださっていたのですか！？」
　天吏の問いに、天壌は頷く。
「……まあ、まあ！　いつも私の傍にいてくれたのですね！」
　思わず天吏は興奮した。天壌が自分を守護してくれているなど、最上の幸せであり光栄だ。
「ほう？　信じると？」
「はい。人間はまだ科学的な進歩をしていない、守護霊という存在も証明できない愚鈍な存在です。だから私は、天壌様が私の守護霊だと信じますわ」
　クローネと出会ってから悪系に傾き、人間は欲深い上に無知最低で最悪と馬鹿にしている天吏にとって、信じる理由はこれだけで十分だった。
　モヒートの要求に応えながらも、天吏は陶酔した、しかし少し不安そうな表情になって天壌に聞く。
「天壌様、私は……私は大天使の家の人間としてふさわしいふるまいをしていますか……？」
「大天使の人間が、下賤な民草を見下すのは当然だ」
“天壌”は言う。天吏は気付いていなかったが、この守護霊“天壌”は天壌自身ではなかった。彼の皮を被った、『大天使家の意思の集合体』だ。
　大天使家には、『優れた才能のためには人間らしい感情など必要ない』という歪んだ思想が伝わっている。その思想が、一族の頂点である天壌の形をしているのだ。
「天吏は何も間違ってはいない。今の思想を更に深め、極めていくがいい」
「はい……！　ありがとうございます！！」
「ああ天吏、わが一族の血を引くものよ」
“天壌”はモヒートを膝の上に乗せて撫でながら、愛おしそうな目で天吏を見詰めた。
「人間などという矮小な存在とお主は違う。鳥に仕え、鳥を愛し、鳥を汚す人を許すでないぞ」
「はい……決して、許しません」
　天吏は安心感と、そして幸福感、充足感に包まれていた。自分は間違っていない。人間など、下等な生き物だ。
　――“天壌”が、天吏を闇堕ちさせる存在になっていることには気づかないまま。
　――悪の道に引きずり込まれていることには気づかないまま。
「やっぱり私……大天使家の人間として生を受けて幸せです」
　と、天吏は微笑んだ。