守護霊が見える日｜リアクション

守護霊が見える日

　３　眼鏡好きの２人

　街中に、守護霊という言葉が飛び交っている。耳に入ってくる会話を聞いている間に、鯖江連司は何が起こっているのかを把握した。
（守護霊が見えるようになっているのでござるな。拙者の守護霊も近くにいるのでござろうか）
　いるとしたらどんな守護霊だろうか。期待を込めて周囲を見回す。
　その動きがぴたりと止まるまで、時間は掛からなかった。数メートル後ろの人混みの中、眼鏡をかけた美女が歩いている。連司から視線を外さず、美女は、慈母のような笑みを浮かべている。
「貴殿が拙者の守護霊様でござるか！　ヌオオッ、やはり眼鏡をかけておられるのでござるな！」
『眼鏡さん教団』の寝子島支部長である連司は、とにかく眼鏡に目がない。眼鏡を心から愛している。興奮していると、傍まで来た美女はにこっと笑って自己紹介した。
「初めましてであるな。わらわはメイ・ガーネイと申す」
「メイ・ガーネイ！　眼鏡の為に生まれてきたような名前でござる！」
　更に連司は興奮するが、初めましてが多く発生している街中で、殊更にそれを気にする人はいなかった。
「そなたの眼鏡愛、ずっと見守っていたぞ。筋金入りの眼鏡愛であるな。せっかくの機会だ。今日は眼鏡について……」
「守護霊様に、眼鏡をかけていただきたいでござる！」
「……は？」
　恐らく『語ろう』と続けようとしていたであろうメイは、眼鏡の下の目を点にした。申し出と、彼の勢いの両方に面食らったようだ。
「拙者のろっこんパワーの『眼鏡顕現』と持ち歩いている眼鏡カタログを使えば眼鏡出し放題でござる！　それで、守護霊様に似合う究極の眼鏡をフィッティングさせていただきたく思うでござるよ！」
『眼鏡顕現』は画像の眼鏡を実体化させるろっこんだ。カタログの画像から、好きな眼鏡を実体化させて守護霊にあてることができる。
「…………」
　きょとんとしていたメイは、ふっと笑顔を浮かべた。
「……なるほど。それも良いであろうな。付き合おう」
「協力してくれるでござるか！　しからば……」
　連司は分厚い眼鏡の下の目を輝かせる。
「一度、今の眼鏡を外していただいて……眼鏡を外させるなど拙者としては不本意でござるが、新しい眼鏡のフィッティングのためには致し方ないでござる」
　喋っている間に、メイは眼鏡を外していた。彼女の素の顔を見た通行人がその美しさに思わず振り返る。だが、連司は物足りなさを感じていた。眼鏡をかけてこそ彼女の美貌は引き立つのだ。
「では、まずはクールにメタルフレーム！」
　連司はメタルフレームの眼鏡を実体化させると、自分の手でメイが眼鏡をかけているように見える位置にそれを持っていく。ジャストな位置で固定して、最初に会った時とはまた違う魅力を発揮したメイを確認すると、次にセルフレームを出して取り換える。
「リムレス！」
　満足してまた次を彼女の顔にあてて捧げ持つ。
「ハーフリムレス！」
　また次を。また次を……
　延々とカタログから眼鏡を取り出し、連司はメイにフィッティングを繰り返していく。
「どうであるか？」
「ヌフフ……眼鏡をかけさせていただくというこの幸福感、筆舌に尽くしがたいものがござる」
　連司は恍惚とした視線を眼鏡をかけたメイに注いでいる。傍から見ると、それはかなり怪しい関係だった。
　だが、当の２人は、お互いに楽しい時間を過ごしていた。やりたくてもできなかったことを、この機会に存分に楽しんでいる。
「ヌッ！　閃いたでござる！」
　やがて、連司はめくっていた眼鏡カタログのあるページを見て叫んだ。ページから、光が迸っているような気がする（気のせい）。
　そのページには――
「このベッコウ縁を最後にフィッティングさせてくだされ！　眼鏡のデザインも、眼鏡とご尊顔との相性も、パーフェクトでござる！」
「ほう。これは良さそうであるな」
　微笑むメイに、ベッコウ縁の眼鏡を当てる。
「ヌオオオッ」
　それは、これまでかけた眼鏡とは違っていた。これこそが選ばれた眼鏡。メイのために作られた眼鏡としか思えない。
　後光が見えるような（気のせい）メイを前に、連司は感動に打ち震えていた。
「嗚呼、時の過ぎ果てるまでその眼鏡姿を拝んでおりたいものでござる……」
　連司は思う。これは、『眼鏡さん教団』の起こした奇跡として、未来永劫に渡って語り伝えられるであろう、と。
（この日に感謝しないといけないのう……）
　そして、ベッコウ縁眼鏡を捧げ持たれながら、メイもそう思っていた。彼女は、この日を永遠に忘れないだろう。

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