「ねえ聞いた？　PPMきてるって」
　ステージを前に待機していた際に、武道が同じ出場者から拾った言葉だ。持ち前のフレンドリーさで会話に入ると、陽毬と美希もすっと混ざってくる。
　プロコスプレイヤーで司会、と身分が明らかになっている二人を免罪符に、出場者たちの口からスラスラと情報が流れてきた。
　まず仲間たちがコスプレ広場で捕物を行っている際に、うまく逃げおおせていたPPMのメンバーが居ること。
「俺も見ました、短髪のイカツイおっさんでしょ？」
「あー、それサークルのリーダーらしいですよ」
「イベントステージによく現れるんですよ。明らかに盗撮してるんだけれど、スタッフが声をかけると証拠が無いんで、いつもうまく逃げてて」
　不可思議な現象を耳に入れて武道と陽毬が目配せしていると、美希が口を開いた。
「一緒に見せてもらって良いですかって、液晶を見せてもらったのよ。
　でも変ね。ページを飛ばしているようには見え無いのに、それらしき写真が見当たらなかったの」
　つい今しがた、企業ブースのフォトセッションに混ざっていたそうで、美希も接触を図ったらしいのだ。
「どこかにデータを飛ばしてるんでしょうか？」
　陽毬が背伸びをしながら、武道へ耳打ちした。
「そう言う能力だとしたら厄介だな」
「またうまくデータを隠されたり、逃げられたりしちゃうかもしれません……」
「じゃあ例のストラップがステージから見えたら、合図してみるってのは？」
　ここで他の審査員たちと話していたように見えた紅緒が、そっと手招きしてきた。得たばかりの情報を話すと、彼女も作戦に一役買うと言う。
　そんな具合で武道はステージ上からリーダーを特定したのだ。
　しかしすぐに動いては、相手にろっこんを使って逃げられかね無い。皆、そのリーダーを取り囲むように配置につき、ステージ終了を待っていた。
　そして——。

「NY文庫イベントステージ、ご参加の皆様有難うございました。次回入れ替えがございますので、スタッフの誘導に従って、お早めにご移動——」
　
　スタッフの案内の声に動き出した観客の中で、刀と翠響が武道の示したPPMのリーダーへ近づいていった。
　やろうとしている事の要領は大体同じだったが、向こうもメンバーがつかまるところを見ていたから、翠響が声をかけるより先に足を止めて警戒の視線を送ってきた。
「邪魔なんですけど」
　押し通るような動きを体で塞ぎ、刀はリーダーの男が手にしていたカメラを叩き落とした。
「悪いが、おまえ等みたいな奴らを放って置くわけにもいかないんだよ。
　俺のフツウのためにな、なのでここで終われ」
　硬い床にぶつかったカメラは、ガシャンと鈍い音をたてた。
　もちろんこの一眼レフカメラは高級品だ。始終を見てざわめく観客に混ざり、ステージから降りていた武道と陽毬が背後にそっと近づいた。
「あの——」
　一声で意識を動かした瞬間、武道がPPMリーダーの腕に手刀を一発入れる。すると途端に、リーダーの男の手からスマートフォンが落ちてしまった。
「あっ！　クソッ！」
　酷く焦った男が屈んだ肩に、陽毬がおもむろに手を伸ばして触れた。
　喧騒で聞こえ無い小さなハミングが溢れると、PPMリーダーのつり上がっていた肩がガクリと下がり、目が伏せられている事に気づく。
「具合悪いんです？　一緒に救護室に……あ、そこの貴方手伝ってください！」
　武道は誉を呼び寄せると、男の腕を持ち上げて肩にひっかけ、そのまま紅緒と打ち合わせていた通りに一般客が入れ無い楽屋側へ連れて行った。
　そうしてぐっすり眠りこけてからようやく目覚めた時には、スタッフたちにとり囲まれていた、という具合だった。
「警察に連絡する前に身分証を確認するために、落としていたスマートフォンを確認させて貰いましたから！」
　語気を荒げてスタッフが男に告げる。
　このスタッフによると、スマートフォンの画面にはこのイベントで撮影したと思われる女性のきわどい位置の写真が残っていた。
「画像転送してたんですね。どうりで今まで証拠が見つからなかった訳だ、写真データ見ればもっと残ってると思います！」
　
　さて、楽屋側では、ことが起こったのがイベントステージの最中とあって、出版社のスタッフなどまで出動しての騒ぎだ。トントンと話しは進まず、未成年の彼らもその場に目撃者や当事者として残っていた。
　今日の日を前にあらかじめ相談を受けていた警察とスタッフの状況についての話が始まっている中で、タルトはふふんと鼻を鳴らして部屋につめられているPPMに言う。
「これ、ＢＬネタに使わせてもらうね～。カメコたちが弱みを握られてめくるめくＢＬ世界の被写体に……ってストーリー。
　大丈夫、ばっちり特徴は残しつつ美化１２０％にするから」
　ひらひらと手を振って、「うーん１２０％じゃ足りないかなあ、まあそこは腕の見せ所だよね♪」と笑いながら去っていく。
　PPMのメンバーが顔を青くしているのをなんとも言え無い顔で見て、武道は自分のろっこんを人に使ったことへ、——周囲にはわから無いようにあくまでぼかしながらだが——リーダーの男へ真摯に謝罪した。
　それから舞華と共にイベントが中止になる危険性もはらんでいたと示唆しながら説教をした。舞華が彼らがまだ話を続けている間に、武道だけが改めてもれいびたちに向き直る。
「……悪用したことに関して、すべて自分の身に返ってくるぞ」
　部屋の皆に聞こえ無いように低くした声に、もれいびたちは肩を震わせて視線を落としていた。


＊　＊　＊　＊　＊


　陽毬と美希の改めてのお礼と共に騒動は終わり、着替えの為に戻った彼女たちと別れた後——。
　刀は、陽毬のマネージャーから私物の人形を受け取っていた。
「大切な子なんだ、頼むよ」とお願いしたおかげで、楽屋でかなり手厚く保管してもらっていたようだ。
「有難うございます」頭を下げてから、今度は舞華と珠喪に向き直る。
「仮装もやったことあるが、コスプレもなかなか楽しいな。
　今度機会があったら志波先輩とか仲間誘って皆でコスプレの撮影でもするか、檜扇さん。珠喪もやるか？」　
　そんな友人同士の会話の裏では、英二が先輩たちに頭を下げているところだ。
「それじゃあ僕はこの辺で、終わるまでに同人誌物色してきます」
「あーうん、おつかれー」
　半日ほど会場で過ごしてもこのイベントが何なのか未だ理解してい無い双子が声を揃えて答えると、紅緒が去っていこうとする英二を見つめ、口をすぼめて羨ましそうにしている。
「うぅ……一緒にまわりたいですわ！」
　とうとう口に出した彼女に、まだ残っていた仲間が首をかしげた。
「あれ？　同人誌って漫画とかなんでしょ？」「紅緒ちゃんって、小説ばっか読んでたよね」
「ええ、私もよく知りませんの。でも、自分の作品を二次創作されるってどんなものなのか興味がありますでしょう？　……だけれど」
　紅緒は言い淀み、むずむずと動かしていた唇を開いた。
「私の作品の同人誌はほとんどが……、過激な男性向けらしくて…………」
　真っ赤になって言った彼女の声を聞いた途端、エリセイとレナートが半身をひねった。
「待って英二！」「俺らも連れてって！」
　走り出そうとした首根っこを後ろから掴んで、イリヤが「二人とも、１７歳でしょう」と首を横に振る。
「ここは学生らしく、ファストフードでも行って打ち上げしたほうが良さそうだ」
　誉が笑いながら言うと、残った面子も頷いて返す。
　騒動のなかでスタッフや警察やらと大人たちと渡り合い、悪い大人たちを成敗したものの、一時触れたその世界は、彼らにはまだまだ遠そうだった。