暴走世界からこんにちは｜リアクション

暴走世界からこんにちは

【収束するセカイ】

　暴走した《ゆるゆる和みと恩恵の輪》の効果で、灰色の猫が眠りについてしまうその少し前。
　鼎八千穂は物陰に隠れながら、押し寄せる脱力感に必死の抵抗を見せながら目の前の灰色猫――テオと、小さな少年――曖浜瑠樹との会話を聞いていた。

（……会話、なのでしょうか？）

　八千穂は自問自答する。
　猫と少年との間で交わされたそれはどちらかといえば一方的な語りかけに近かった。
　そも灰色猫の方は喋っているというよりも、何かテレパシーのようなものでメッセージを送っているという印象が強かった。
　八千穂はついさっきまでは猫がそのようなテレパシーを送っていることにさえ気づかなかった。
　だが、ついに八千穂は聞こえてしまった。それは彼女が『ひと』ではない何かに変わろうとしている前兆だったのかもしれない。
　神魂、そしてそれによって『ろっこん』という特殊な能力を得てしまった『もれいび』と呼ばれる者達。
　そして、彼らが懸命に守ろうとしているもの――「フツウ」。
　つい昨日まで本土で使用人をやっていた八千穂にはこの島で育った人々ほど島に愛着があるわけではなかった。
　けれども、さきほどまで不思議な力で「フツウ」を守ろうと戦っていた人達の大切なものを思う気持ちは八千穂にも痛いほどに伝わってきた。
　何故なら、八千穂にも大切な存在がいるからだ。
　昨日、とある事情で喧嘩別れをして以来、これまで手紙一つ寄越さなかった姉がいきなり電話を寄越して、「今までのことを水に流してくれるなら一緒に暮らそう」と言ってきた。
　不躾としか思えないそんな姉の誘いに、ほいほいと乗ってここまで来てしまったのは、やはり姉が好きだったからだ。
　そんな大好きな姉がいる寝子島の平穏を脅かす何かがあるのならば、戦わなければならない。
　まだ寝子島に来て間もない八千穂には特別な力など何もない。
　それでも、八千穂には守らなければならない大切な人がいる。
　できる、できないの問題ではなかった。
　やるしかないのである。ただそれだけのことだった。
　何の能力も持たない自分にだってできるはずなのだ。
　ならば、目の前にいる。これほど周囲に影響力を及ぼす『ろっこん』を持つ少年が、何もできないことなんてあるはずがなかった。
　だから、
「……できますよ」
　と、八千穂は言った。
「ふぇ？」
　と、少年は驚いたように振り返った。
　しばらく視線だけが交わった。
　だが、やがて言葉などなくても、言いたいことは伝わった。

「……おねえさん手伝って。あのおにいさんの顔から、カラスの羽引っこ抜いちゃうよぉ！」

　決意の光を瞳に灯した少年の言葉に、八千穂は頷いた。
　あの高橋という少年との戦いにおいては、自分は何もできなかった。
　だが、だからこそ、充分に温存された体力と気力が、かろうじて少年の暴走したろっこんによる脱力感から八千穂を耐え抜かせていた。
　幼い頃に祖父同然に慕っていた老執事に鍛え抜かれた心身も思わぬかたちで役立った。
　そうして、八千穂は瑠樹とともにカラスの羽を抜いていく。

　そして、

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