●星呼祭、開催

　御巫 時子は人波の中にその人を見つけて、驚くと共に今年最後の幸運に感謝した。それから、少しの間その人を追いかけて誰かと一緒じゃないかと確認する。

「良かった……お一人みたいです……」



　ほっとして息を吐き、すうっと息を吸い込んで顔を上げると、

「尚輝先生！」

　と、五十嵐 尚輝へと声を掛けたのだった。

「はい？　やあ、こんばんは御巫さん」



「こんばんは、です。あの、先生も星呼祭に来られたんですか？」
「ほしよびまつり……？　ああ、これってそういうお祭なんですか？」

　どうやら尚輝は人の流れに任せぼんやりと歩いている内に、何が行われるのか知らずにここまで来たらしい。何をするお祭なのか、時子は尚輝に説明する。カウントダウンと共にスカイランタンを飛ばすのだと聞いて、尚輝は熱気球の原理ですねと納得している。

「あの、良かったら先生も一緒に飛ばしませんか……？」
「ええ、科学の授業の延長のようなものですし、いいですよ」

　なるほど、確かに化学の実験と言われればそうなのだけれど、ロマンチックとは縁遠い尚輝らしい返事といえば返事だった。けれど、一緒に飛ばせることには間違いなくて時子は嬉しそうに、ありがとうございますと微笑んだ。
　受付け場所にスカイランタンを貰いにいくと、スタッフにお二人ですか？　と確認される。それに尚輝が、はいと返事をするのが時子にはまるでデートでもしているように思えて、頬が僅かに熱くなるのを感じていた。

「なるほど、グループごとに一つなんですね」
「結構人が多いですものね……尚輝先生、あっちの方に行きませんか？」

　時子が指差すのは会場の端っこで、あまり人がいない場所だ。

「いいですよ、行きましょう」
「はい……！」

　できれば手を繋ぎたい、そう思いながら尚輝の手を見たけれど、尚輝の両腕はスカイランタンを抱えていて握れそうにもない。仕方ないですよね……そう思ったとき、

「御巫さん、すいませんが僕の服の裾を掴んで歩いてくれませんか？」

　と突然の尚輝にそう言われ、時子は思わず言われた通りに尚輝の少しよれた服の裾を掴む。

「ありがとう、さすがにここで逸れてしまうと探すのは難しいでしょうから」
「いえ……！」

　思い描いた姿ではなかったけれど、尚輝の気遣いが嬉しくて時子は自然と笑みを浮かべるのだった。


　今日という日の星ヶ丘を目一杯楽しんでから星呼祭にやってきたのは音無 文と三ヶ島 葵、そして結梨亜・カールシュテインだ。
　既にスイーツビュッフェでこれでもかとお腹に詰め込んだスイーツはどこかへ消えてしまったようで、星が丘マリーナに並ぶケータリングを眺めている。

「お汁粉……美味しそうですネ」
「あっ私もお汁粉食べたいです！」
「その前に受付けでスカイランタンを受け取りに行かないかいー？」

　お汁粉に目を奪われた結梨亜と文に、少し笑いながら葵がそう提案する。

「そうですね！　どうせですし、私たちもスカイランタンを飛ばしましょうかー？」
「確かに、お汁粉はスカイランタンを受け取った後でも食べれますしね」

　危うく花より団子、スカイランタンよりお汁粉になるところだったと笑いながら三人は受付けへと並んだ。軽い説明を受けて、葵がスカイランタンを一つ受け取ると誰からともなくお汁粉のケータリングへと足を向けた。

「そういえば、スカイランタンって初めて聞きましたけど、これが一斉に飛んだらどんな感じになるんですかねぇ」
「そうだねー、携帯で調べれば画像なんていくらでも出てくるだろうけど……百聞は一見にしかずって言うからねー」
「ですね！　知らない光景をもうすぐ見れるのかと思うと、なんだかちょっとわくわくしちゃいますね！」

　だから、三人は手にしようとしていた携帯をそっと鞄に仕舞ってお汁粉を楽しむことにした。
　こちらのケータリングのお汁粉は、汁気たっぷりの粒餡で小振りのお餅が二つ入っている。

「そういえば、関東と関西じゃお汁粉って言っても同じじゃないらしいよー」
「どう違うんでしょうか？　そういえばお雑煮やおうどんの汁も違いがありますよね」

　葵が何気なく振った話題に、文が食いつく。食文化の違いというのは地域によって色々あるもので、それを知るのもまた楽しいもの。

「でも、同じ餡子を使った汁物ですよねー？」

　はふはふ、と結梨亜がお汁粉を食べながら疑問をぶつける。

「もちろん、餡を使うのは一緒だよー。ただ、関東だと粒餡が主流で関西だと漉し餡なんだってー、この間テレビでやってるのをみたんだよー」

　なるほど、漉し餡と粒餡。たったそれだけの違いではあるけれど、餡パンに粒餡派と漉し餡派がいるようにある一定の人々にとっては重大な部分なのかもしれない。

「漉し餡のお汁粉も、美味しそうですよね」
「うん、さらっとしてて何杯でもいけちゃいそうです」
「……音無くん、そんなに食べて大丈夫かなー？」

　頷きあう結梨亜と文を見て、葵がにやにや笑って冗談交じりにバキューンと文を撃つ真似をする。

「た、確かに食べ過ぎてまだちょっと苦しいですけど、仕方ないんです！　スイーツが嫌いな女の子なんていないんです！」

　私調べですけど、と付け加えながら文がぷるぷるしていると、ごめんごめんと葵が笑う。

「いいんです、今年最後なんですから少しくらい！」

　もうあと少しで終わりを迎えようとしている今年を引き合いに出し、結梨亜がお汁粉のあとに甘酒を飲むことを正当化しようとしている。大晦日が終わればお正月が来て、そうすれば今度はお餅が美味しくて止まらないということになるのだが、それはちょっぴり未来の話として置いておこう。
　カウントダウンまではまだ少し時間があると、三人は甘酒を求めて移動を開始した。


　鎌八 まもると響 タルトは、受付けでランタンを受け取ると甘酒を飲みながら他愛ない話に花を咲かせていた。その内容はというとタルトの、

「あの二人組みの左が受けだね」

　と言う、わりと一方的な人間観察の感想だったりするのだが。それに対してまもるは、

「そうだね、ポニーテールだね」

　などと返していたのでお互い様というか、割れ鍋に綴じ蓋というか、なんかそんな塩梅だった。

「にゃんこたん、いいことを思いついた。ちょっと水筒貸して？」
「ん？　水筒ならいつも持ってきてるよ～、はい」

　何故水筒？　と首を傾げる暇もなく、タルトはまもるに水筒に入っていた人肌のお湯をポニーテールにばしゃりと掛けられた。

「おー濡れたポニテのなんとエロスな……って言ってる間に猫になったね」



「ふにゃーー！」



　自身のろっこんにより、猫に変身したタルトの猫パンチラッシュがまもるを襲う！

「いたたたた、悪かったって。いやーこれで飛んだら面白いだろうと思ってさ」

　タルトにじっと見つめられ、まもるはランタンを掲げてそう提案してみせる。
　それはできれば水筒の中身を掛ける前に言うべきだったのではと思ったけれど、タルトが掴まれるようにとランタンに細工をしているまもるを見ていると、まぁいいかという気分になる。
　そして二人はなるべく人のいる場所を避けて、カウントダウンの瞬間を待つのだった。


「すごい人混みだな」

　スカイランタンを受け取ったあと、人の多さに眉を顰めた神嶋 征一郎を見て、篠宮 六花は溜息混じりにそう言った。そしてうっかり人混みに流されかけそうになるのを、征一郎がその腕を掴んで止めた。

「おい、どこ行く。こっちだ」
「すまない、暗くて足元が……っと！」
「……ッ！」

　転びかけた六花を、征一郎が反射的に抱きとめる。その時に感じた、六花の身体の軽さに征一郎は舌打ちしそうになるのを堪えた。

「……ちゃんと食べているのか？　軽すぎだ、馬鹿め」
「いやいや、こう見えてもちゃんと食べてるぞ。……気が向いた時に」

　目をゆっくりと逸らしながら答える六花に征一郎は溜息を禁じえなかった。それでもなんとか人に当たらずに飛ばせる場所を見つけ、二人でスカイランタンを準備し、その時を待った。