冬眠前にひと遊び｜リアクション

冬眠前にひと遊び

●魚とり勝負

　その頃。
「いやぁ、全く釣れないなぁ」　
　日暮ねむるは、猫又川上流でのんびり釣りをしていた。
　しかしバケツに入った釣果は小物一匹。
「全然竿も揺れないし帰ろっかなぁもう……ってあれ！」
　背後で水音がしてふと振りかえると、バケツに入れた魚が消えている。
　そしてその後ろに、見上げるとねむるよりずっと大きな熊が立っていた。
「ま、まさか僕がメインディッシュじゃないよね？」
　呆然として後じさるねむる。
『魚を食べちゃってすみません、この子がお腹をすかせてて』
　ねむるは、聞こえてきた言葉に耳を疑った。
　見れば隣で子熊が魚をバリバリかじっていた。
「……って喋れるんだ。あれ……」
　そこへ見覚えのある少女が追いついてきた。
　綾花もねむるに気づいて言う。
「あ、図書委員会の……」
「ああ、そういえば。こんなとこで会うなんてね」
　ねむるも思い出した。二人は同じ図書委員だったのだ。
　お互い図書委員なのに、意外とアウトドアだなと二人は笑う。
　魚を食べ終えた子熊が、ねむるに身をすりよせてきた。
「あら、眠くなりましたか？」
『おいしかった。でもまだたりないな。あそんでー』
　かわいらしい声でおねだりしてきた。どうやらまだ眠くないらしい。
「え、僕と遊びたいのかい？」
　熊を恐れる様子のない綾花に、どうやら警戒しないでよさそうだとねむるもリラックスする。
「んじゃ魚とり勝負でもしよっか」
『うん！　じゃあ、おかあさんも！』
　ねむるは竿を振り、ルアーを水面へ浮かせる。
　と同時に親子熊はずんずん川に入っていきどんどん魚を取っていく。
「やっぱ本職は違うわ。こりゃ適わんよ」
　苦笑するねむると共に、綾花は熊の様子を微笑ましく見守っていた。

　あれほど釣れなかったのが嘘のように、魚の山ができた。
『おにいちゃんとおねえちゃんにもはんぶんあげるから、いっしょにたべよう』
「いやあ大漁大漁！　えっ、ありがとね～」
　思わぬ魚の量にねむるも喜んだ。
「だいぶ魚も取れたことだし、お礼にバーベキューにしてプレゼントするよ。釜を作る石はいっぱいあるし、焚き火の枝でも集めにいこっか！」
「ありがとうございます。素敵ですね」
　綾花も喜んで、枝集めに向かおうとする。
『あ、よかったら私の背中に乗って行ってください。そのほうが早く枝が集まります』
　母熊が言う。
「えっ、いいの？」
　ねむると綾花は顔を見合わせたが、結局ねむるの次に綾花が乗せてもらうことになった。
　最初は恐々だったが、熊の背に乗ってみるとなかなか乗り心地がいい。
　ねむるは母熊に跨り九夜山を走りながら、落ちている枝を集めた。
　そのあとを子熊と綾花がのんびりついてくる。
「心地いい揺れ、背中で一眠りしていい？　ってうわ！　落ちちゃうってば！？」
　慌ててねむるが熊の背中にしがみつく。
『あら、ごめんなさい。気をつけますね』
「いやあ、油断しちゃだめだよね」
　帰りは綾花が熊の背に乗った。
「重くないですか？」
『このくらい軽いものですよ』
「なんだか金太郎さんみたいですね」

　そうして川辺に戻ったねむるは石と小枝で釜戸を作り始めた。綾花はみとを呼びに行き、二人は火おこしを手伝った。
　持参した着火剤とマッチで焚き火を起こし、魚の串焼きでバーベキューだ。
「いやぁ我ながら上出来だよ。ささ、熊さんもどうぞっ」
『いただきます』
　三人と二匹は食事を楽しみながら雑談した。
「おいしいねー」
　みとがにっこりしながら食べる。
「ちなみに冬眠ってどんな感じ。ぐっすり眠れるもんなのかな？」
　ねむるが子熊に尋ねた。
『それがねむれないんだよー。最近はけっこうにぎやかだし』
「猫鳴館は賑やかな時もあるから煩かったらごめんなさい。壁も薄いし、元気な人が多いから静かには難しいかもしれないけど気を付けるね」
　綾花が申し訳なさそうに言う。
『でもおなかがいっぱいになったら、なんだか……』
　どうやら子熊は眠そうだ。
　これなら自分のろっこんの必要はなさそうだ、とねむるは思う。
（しかしこんなことがあるなんてね。これだもん九夜山通いはやめられないよね～）
『ありがとうございます、どうやら冬眠に入れそうです』
　熊の母親が言い、子熊を背中に乗せて歩き出した。
（もっと一緒に居たかったけどまた春に会えるよね。憶えててくれるかな？）
　と綾花は思う。
「おやすみなさい～」
　みとが手を振る。
「おやすみなさい。また春に会おうね」
　その時も意思疎通ができたらいいな、と思いつつ。綾花は笑顔で熊たちの背中を見送った。

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