ブラームスはお好き？｜リアクション

ブラームスはお好き？

「響也クンは流石の演奏だったノ！『アヴェ・マリア』は元が歌曲だから、ああして人の歌声みたいに弾くと綺麗ネ！直治クンはどう？」
　御薗井Ｅセレッソに問われて、津島直治は冷静な感じで答えた。
「いいんじゃない？とても綺麗な音だったよ。流石篠崎センパイだね」
　演奏の合間に、皆で感想などを話し合っている。話題は、好きなクラシックの曲に移った。
「ヴァイオリンなら、メンデルスゾーンの協奏曲かな。俺はあの曲に、求道者の一意専心ぶりを想起させられるんだ」
　八神修が、自分の好みについて述べる。
「他には、ソロでシューベルトの『魔王』を弾こうとしたことがあるが、あれは難しいな……」
　修はそう言って苦笑した。
「俺は鍵盤打楽器の、特にグロッケンシュピールが好きだから、チャイコフスキーの『金平糖の精の踊り』が好き。……えっと、『くるみ割り人形』のやつ」
　直治が言うと、セレッソが応じる。
「ワタシも好きネ！とっても可愛くて幻想的よネ」
「鍵盤打楽器は簡単に音が出せるし、かと言ってそれだけじゃないのが楽しいよね」
　一見無愛想な直治も、この場の会話を楽しんでいる。
「ワタシの好きな曲は、ドヴォルザークの『ユーモレスク』！弾くたびに楽しくなるノ！」
「ドヴォルザークの旋律美もいいけど、師匠のブラームスもいい」
　セレッソの言葉から、修が話を広げた。
「ブラームスは『ハンガリー舞曲』がアンコールでお馴染みだけど、有名でかつ短くて、テンポもいいからだと思う。彼の作品は長調・短調ともに豊富だし、主役の楽器も様々で作曲の幅が広いんだよな―――重厚なブラームスの交響曲第一番は、初演されたとき『ベートーヴェンの第十交響曲』と評されたそうだ」
　ブラームスへの敬意を込めて語る修に、ふと直治が訊いた。
「あなたも聴くだけ……？なんか演奏しないの？」
「うん……折角だから、一曲弾こう」
「曲は？シューベルトの『魔王』？」
「いやいや無理無理、あれは無理だ」
　修はまた苦笑いして、ヴァイオリンの準備を始めた。
　前に進み出て、弓の調子を確かめ、弦のチューニングをする。
「では、皆の音楽に感謝を込め、この曲を」
　叙情的に奏でられたのは、バッハの『主よ人の望みの喜びよ』だった。三連符の連なりが、天上に導かれるかのような高揚感を引き出す。曲のテーマは主イエスへの祈りだが、修は『主』を神ではなく音楽として解釈し、音楽への感謝の念を込めた。
　最後の音の余韻が消えるとともに、拍手が起きた。

「バッハの『主よ人の望みの喜びよ』は、教会カンタータの中の一曲が元になっているのよ」
　クラシックに詳しくない人にも配慮して、深林真瞭が曲についての解説を加えた。
「曲名の元の意味は『イエスこそ我が喜び』。ドイツ語から英語、日本語に訳される過程で意味が通じづらくなってしまったの」
　詳しくなくても、興味を持ってもらえる話を心がけた。