ブラームスはお好き？｜リアクション

ブラームスはお好き？

「花咲さん、奥さん。今日はお招きいただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、久しぶりに真瞭さんに会えて良かったわ」
　千鶴子が、深林真瞭に対して答えた。
「この間、テレビで演奏会を見たわよ。立派になられたわねぇ」
「……だが、あの演奏はいかん。オケ全体の集中が足らん」
　重嗣のつっけんどんな指摘には、真瞭も苦笑するしかない。スキャンダルに心を乱されるな、という彼なりの激励なのであるが。
　真瞭は、久しぶりにリラックスした気分になっていた。花咲夫妻をはじめ、長いこと会っていなかったクラシック同好会の面々と言葉を交わす。それだけでも、音楽を愛する人達と共にいるという安心感を得られる。
　真瞭は、ふと会場の中を見渡した。初めて同好会に顔を出した人は、もしかしたら居心地が良くないかもしれない。そこに、木野聖華の姿が目に入った。
　ちょうど話をする人が途切れ、聖華は黙々と仏頂面でお菓子を食べ続けていたのだ。
「あなた、楽しめてる？お話しない？」
　世間的な真瞭のイメージは、淑女然とした美人ヴァイオリニスト。しかし実際は気さくで親しみやすいお姉さんという感じだ。
「お気に入りの曲はある？」
「あー……気に入ってるってなると、ヴェルディっスかね」
　話題を振ってもらった聖華が語り始める。
「レクイエムより『怒りの日』のティンパニ―――カラニャンがオカラ座で指揮したやつなんて、腹ン中からぞわって来るっスからね」
「あら、詳しいのね！『怒りの日』はアツくて私も好きよ。あなたも楽器を弾くの？」
「はい、自分はパーカッションしてるんで……あでも、一番ぞわって来たのは、スクールバンドの対抗戦を描いた外国の映画『ドラム・ビート』。アレ、一番腹ン中に来たっス、特に演奏シーン！」
「その映画知ってるわ、確かマーチングバンドのパフォーマンスが題材よね」
「そう、ドラム演奏の演出が最高にカッコよくって―――自分、気に入ってパッケージ持ち歩くくらいなんっス！」
「すごい入れ込みようね……」
　真瞭が少々呆れるほどだったが、聖華の勢いは止まらない。
「あ、中身のDVDは、寮の部屋のデッキの中っス、毎日見てるんで。アレは大人数だからこそできる演奏だよなー、憧れっス」
「私はヴァイオリンを弾くけど、ブラスバンドみたいなことは経験がないわ。あなたはマーチングか何かやってるの？」
「えー……あっはい、自分、中学までマーチングやってました。担当はマルチタム（肩掛け連ドラム）っス」
「マルチタムって、いくつかドラムが並んでるやつね」
「そうっス、トリオ（三連）とかクォード（四連）っス！」
「ふふっ」
　真瞭は、身を乗り出して夢中で話している聖華に微笑んだ。
「あなたって、一見クールで静かに見えるけど、とても情熱的ね」
「―――！ ……まあ、自分は打楽器が取り柄なんで……。でも自分、いつか聴いてるやつの腹を打ちのめすような演奏がしたいんっス！」
　好きなことについて語るこの子は、とてもいい目をしているな、と真瞭は思った。