あの日の約束｜リアクション

あの日の約束

　ネイビーのモッズコートを着た朝鳥さゆるが夜をゆく。ひっそりと足早に小さな公園に訪れた。
　街路灯が誰もいない地面を照らしている。さゆるは白々とした光の中に入った。
　――俺と会うのはこの公園でだけだ。
　片篠藍人（かたしの・あいと）の投げ遣りな約束が妙に懐かしく思い出される。無意識に近い動きで掌を上に向けた。雨は降っていなかった。
「……あの夜と違って、月が見えるわ」
　上目遣いで月を見てさゆるは街路灯に背を預けた。静かに萎れる花のように頭を下げる。あの夜よりも深い記憶を覗き込むような姿で、そっと目を閉じた。

　ベッドで若い二人が激しい感情をぶつけ合う。荒い息遣いで相手に噛み付き、組み伏した。互いの肌は傷に塗れ、身体が溶けるような汗を流す。
　時間を忘れた行為は長く続いた。やがて力尽きるようにベッドに埋まった。さゆるは俯せで藍人は仰向けの姿となった。二人の激しい息遣いは未だに縺れ合う。
　無機質な部屋に静かな時が流れる。二人は眠っていなかった。別々の方向に視線を向けている。
　窓が白み始めた頃、藍人が天井に向かって口にした。
「俺達はあとどれくらい、こんなことを続けるんだろうな」
「……飽きたのなら、今、終わりにしてもいいのよ」
　俯せのさゆるが暗い目で返した。藍人は黙って天井を見ていた。その目の底に飢えにも似た感情が揺らめく。少し出た喉仏が軽く上下した。
　寒々とした時間が二人の上に降り積もる。

　人知れず、回想を終えた。薄っすらと開いた目をさゆるは再び閉じる。別の回想に身を投じた。浅い夢を繰り返して見るかのように易々と現実を手放した。
　その都度、さゆるは藍人を貪った。自身の身体で締め付けた。存分に爪を立て、生々しい傷跡に舌先を捻じ込んだ。そして自身の肉体は供物のように捧げられた。飢えた狼に全てを蹂躙された。
　僅かに開いたさゆるの唇から白い息が漏れた。
　時間は流れた。垂れ流しに近い状態で夜が明けようとしていた。
　思い出したかのようにさゆるは寒さに震える。激しい過去は身体を温めてくれることはなかった。
　さゆるは公園を見回した。誰かの忘れ物のように薄汚れた遊具がぽつんとある。他に人はいなかった。
「わかっていた……来るはず、ないって。だってあなたは――」
　噂が頭に過る。
　藍人は寝子島を出た。
　国外に逃れた。
　この世にいない。
　さゆるは否定の意味で頭を振った。噂は本当かもしれない。その考えはいつまでも心の底に不純物として居座った。
「……二度と会えなくても、あなたには会えるから」
　自身の胸に手を当てて、さゆるは朝の気配がする街に向かって歩き出した。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
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今回は「ある日に交わした約束を果たす」という内容でお送りしました。
果たされない約束、引き継ぐ約束と種類も豊富で楽しい執筆となりました。
新たに交わされた約束もありました。ずっと続いて絆は、一層、強くなることでしょう。
また、別のシナリオでお会いしましょう。あ、これも約束になるのでしょうか。

シナリオに参加された皆様、今回もありがとうとざいました。

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