あの日の約束｜リアクション

あの日の約束

　遊園地の一角に野外ステージが設置されていた。悪役に扮した者達がステージの袖から現れ、観客席にいた子供達に襲い掛かるような格好を見せ付ける。気の弱い子供は早々に泣き出した。
「おまえたちなんか、マスカレイダーにやられちゃえ！」
　その中、灯斗南は奮闘した。小さな身体で大きな声を出して張り合う。隣にいた母親は、そうよ、と笑って付き合った。
　そこに黒いマントを翻して悪の親玉が登場した。高笑いをしたあとに子供達を睨み付ける。
「マスカレイダーだと？　我らを恐れて逃げ出した奴のことか。がっははははは」
「ヒーローは、にげたりしないぞ！」
　斗南は瞬時に言い返した。
「その通りだ、少年よ。マスカレイダーは絶対に逃げない」
　赤いマフラーを靡かせて仮面のヒーロー、マスカレイダーがステージに颯爽と現れた。決まり文句を口にすると、子供達が一斉に沸いた。
「がんばれー、マスカレイダー」
「わるものなんかにまけないで！」
　他の子供達と同様に斗南は顔を赤くして叫んだ。
「マスカレイダー、がんばれー！」
　子供達の声援を受けたマスカレイダーは力強く頷いた。
　その遣り取りに悪の親玉が怒りを露わに割って入る。
「一人でのこのこと現れて、我らに勝てると思っているのか！　マスカレイダー、貴様の命もここまでだ！」
　戦いの火蓋は切られた。ステージでマスカレイダーが躍動する。キックとパンチの応酬に子供達は熱狂した。声援と叫び声が入り混じって各々が力の限りに戦う。
　最後に悪の親玉が残った。子供達は、ほぼ声を揃えて決め技を叫んだ。
「皆の熱い声がマスカレイダーを強くする！」
　狼狽える悪の親玉に最後の技が炸裂した。瞬間、ステージに設置されていた仕掛けが作動して炸裂音と共に白煙が立ち昇った。
　マスカレイダーは見事に勝利を収めた。
　その後、ステージ上でマスカレイダーの握手会が催された。長い行列に斗南も加わった。母親は観客席に残ってカメラを構える。記念の一枚に備えた。
　斗南に順番が回ってきた。マスカレイダーの堂々とした姿を目にして、小さな胸の中に押し込んでいた思いが溢れ出す。
「おとうさんとおかあさんが、なかよくできないのは、ぼくのせいなの？」
「そんな事はないよ。きっと仲良くなれるさ」
　マスカレイダーは力強い声で言った。
「ほんとうに？」
「ああ、もちろんだ。だから君も良い子にして、お父さんとお母さんを困らせないようにするんだ。いいね？」
「……うん、わかった」
　斗南はこくりと頭を下げる。
「約束の握手だ」
　マスカレイダーの差し出した手を小さな手が握る。大きな手から力が伝わったかのように斗南は笑顔となった。後ろから母親の呼ぶ声が聞こえて記念の一枚が撮られた。

　街灯の白い光の中、斗南は一枚の写真を憂いのある瞳で見詰めていた。マスカレイダーと握手をした幼少の自分が笑顔で写っている。
「マスカレイダー、あの約束、守れなかったよ」
　表情が崩れる直前に仮面を被った。斗南は夜の街にひっそりと消えていく。

このページにイラストを設定する