あの日の約束｜リアクション

あの日の約束

　猫鳴館に朝が訪れた。木々の枝には一列に並んだ野鳥が囀っている。
「ううぅ～、朝から試練なの」
　薄暗い部屋で橘明里は布団に包まっていた。先程からモジモジが止まらない。嫌々ながらも布団から手を伸ばし、近くのドテラを掴んで引き込んだ。布団の中で羽織ると身を縮めて起き上がる。
「トイレまで遠いの～」
　愚痴を零して廊下に出た。急に寒さが増したのか。大きな身震いを引き起こす。
　用を足した明里は小走りで部屋に戻ってきた。半ば閉じた目で布団へと急ぐ。
「なんなのー」
　派手な音と共に明里は掛布団の上を転がった。薄暗がりで蹴飛ばした箱の中身が辺りに散らばった。
「ケガはないからセーフなの」
　謎のルールを持ち出した明里は仰向けで両腕を水平に開く。表情は少し照れたように笑っていた。
　その姿勢で、ふと顔を横に向けた。そこに誰かが寝ているかのように見詰める。
「そうなの」
　明里は上体を起こした。長い髪を手で触ると寝癖ができていた。散らばった道具の中からブラシを選んで丁寧に髪を梳く。
　その手が止まる。何かを思い出しているかのようだった。
　あかりにはとっても仲良しのお友達がいるのですなの。天界から人間界に一緒に落ちてしまったなの。
　止まっていた手が動き始めた。満足すると部屋の隅に置かれた衣服から上等な一着を選び出した。
「これでどこに行っても平気なの」
　胸元にフリルの付いたワンピース姿でくるりと回る。スカートの部分を少し手で叩いて埃を落とし、淡いピンクのコートを羽織った。
　あかりはお友達を探していろいろなところを回ったの。どこにもいなくて、どこかにいるの。心の羽だけでがんばって飛んで、この島までやってきたの。
　赤い瞳に強い意志が宿る。
「だから今日は出かけるの」
　大人になっても仲良しでいようね、って小さい時にした約束を守るの。あかりはもう大人だから、そのことをやっと見つけたお友達に伝えに行くの。
　背中に羽が生えたかのように明里は笑顔で跳び上がる。両手はそれらしく羽ばたいて見せた。
「でも、お友達はどうなのかな？」
　その場で明里は立ち尽くす。視線は抜け殻のような布団に向けられた。
　お友達が天界に帰りたいって言ったら、どうしようなの。あかりは戻るつもりはないけど、誘われたら。でも、きっとあかりは頭をブンブン振って断るの。
　ここで暮らすって決めたから。
　両方の腰に手を当てて胸を張る。
「あかりはとっても天使な自治会長なの！」
　勢いを取り戻した明里は部屋を飛び出した。
「今日はとてもステキな日になるのー」

　友人は平々凡々とした名前であった。見つけたことで満足していた明里は突然に思い立ち、初めての訪問に胸を躍らせる。
　過去の空振りは、すっかり忘れて陽気に山を下りていくのだった。

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